第2章「返信の勇気」

翌朝、桜井美咲はいつもより早く目を覚ました。布団から起き上がり、窓の外を見ると、空はまだ淡い灰色に染まっていた。朝の静けさの中で、スマートフォンが彼女を呼んでいる。


昨夜届いたメールが、画面に光っている。



美咲の胸が少し高鳴る。自然と微笑みが浮かんだが、同時に心の奥に小さな迷いが芽生えた。


「返信…するべきかな?」


指先がメール画面に触れる。思い切って文字を打とうとするが、言葉が出てこない。どう書けばいいのか、どんな言葉なら相手に伝わるのか、考えれば考えるほど頭が混乱する。


「……私、何を書けばいいんだろう」


ふと、自分の胸の奥にある気持ちに気づく。

嬉しい。誰かに気にかけてもらえるって、こんなに胸がざわざわするんだ…。


けれど、同時に怖さもある。

もし変なことを送ってしまったら?迷惑だったら?


美咲は、ベッドの上でスマートフォンを握りしめながら、しばらく動けなかった。心臓が早鐘のように打ち、手が震える。未知の誰かと交わす文字だけで、こんなに心が揺れるなんて――自分でも驚きだった。


その時、隣の部屋から妹の声が聞こえてきた。

「お姉ちゃん、朝ごはんできたよー!」


美咲は深呼吸を一つして、気持ちを落ち着ける。朝の慌ただしい日常に身を投じることで、少しずつ心の緊張が和らぐような気がした。


朝食を済ませ、登校の準備をしながらも、心はメールに引き戻される。授業中も、机の下でスマートフォンを手に握り、指先が画面をなぞる。


昼休み、教室の窓際に座る美咲の目は、いつもより少しそわそわとしていた。周囲の友人たちの声や笑い声が、心地よいけれど、同時に遠く感じられる。


「ねぇ、美咲、どうしたの? なんか落ち着かないけど」


親友の佐々木未来が隣に座り、心配そうに顔を覗き込む。美咲は小さく息を吐き、勇気を振り絞って話し始めた。


「昨日、変なメールが来て……でも、嬉しくて……」


未来は目を輝かせる。

「変なメールじゃなくて、ドキドキするメールってこと? それって、ちょっと恋の予感かもね!」


美咲は頬を赤らめる。胸の奥がじんわり熱くなる。友人に話すことで、少し心が軽くなると同時に、メールへの期待がさらに膨らんでいく。


放課後、部活の時間までの間、美咲はついに決意する。

「…返信しよう」


画面を開き、指先で文字を打つ。

「メールありがとう。嬉しかったです。」


送信ボタンを押す瞬間、心臓が飛び出しそうになる。すぐに画面を閉じたい気持ちと、相手からの返信を待ちたい気持ちがせめぎ合う。


その夜、部屋でベッドに横たわりながらスマートフォンを握る美咲。しばらく待っていると、画面に新着通知が光った。



短い言葉なのに、心の奥が温かくなる。美咲は自然と笑みを浮かべ、心臓の高鳴りを感じながら呟く。


「…嬉しい。なんだか、すごく嬉しい」


その瞬間、彼女は気づく。誰かと文字を交わすだけで、こんなにも胸がざわつくことがあるのだと。未知の相手との距離はまだ遠いけれど、心の中に小さな光が灯ったような感覚。


明日も、きっとメールを見たくなる――


美咲は、まだ見ぬ相手に向かって、そっと微笑む。知らない誰かとの関係が、これから少しずつ動き出す予感を胸に抱きながら。

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