第4話 ブラック企業迷路

遠藤紘一は、街の外れに出現した迷路型ダンジョンの入口に立っていた。名前は「ブラック企業迷路」。その名の通り、迷路の中では現実世界で経験した上司や同僚の幻影が襲い、心理的圧力をかけてくるという。物理的な危険だけでなく、精神的なプレッシャーを乗り越えなければ先に進めない――。


「……ここもまた、会社の延長みたいなもんか」


紘一は小さくつぶやき、心を落ち着ける。会社で鍛えられた耐性は、体だけでなく精神にも刻み込まれていた。理不尽な叱責、無限残業、根拠のない評価……それらを耐え抜いた経験が、今ここで役立つと信じていた。


入口をくぐると、視界は不自然に歪み、薄暗い通路が無限に続いているかのように見えた。足元のタイルは微妙に傾き、壁には数字や記号がランダムに書き込まれている。紘一は一歩一歩確かめるように進む。


「落ち着け……まずは観察だ」


最初に出現した幻影は、かつての上司の顔をしたモンスターだった。威圧的な声で怒鳴りつけ、無理難題を要求する。しかし紘一は動じない。心の中で、かつて無数の理不尽を耐え抜いた日々を思い返す。


「無理だって? わかっとる。けど今は、俺が決めるんや」


幻影は怒鳴り続けるが、紘一は冷静に通路の安全ルートを選び、攻撃を避けながら距離を取る。戦うよりも観察と回避が先決。心理的圧力を受け流しつつ、次の部屋へ進む。


迷路の中盤、突然壁が揺れ、会議室の幻影が出現した。テーブルの上には山積みの書類、そして見えない締め切りのカウントダウンが浮かぶ。紘一の心に一瞬焦燥感がよぎるが、すぐに思い直す。


「焦ったら、相手の思うツボや」


紘一は深呼吸をして冷静さを取り戻す。書類を避けながら通路を進み、壁に映る数字のパターンから脱出ルートを計算する。社畜時代、無理難題を分解して処理した経験が、今ここでダンジョン攻略のスキルとなったのだ。


途中、同僚の幻影が現れ、手助けを求めてくる。しかし紘一は無視しない。助けるか無視するかの選択は、精神力と時間管理が試される。ここで得た判断力は、後々の深層ダンジョンでも役立つはずだ。


最深部に近づくと、巨大な上司の幻影が立ちはだかる。威圧感はこれまでのどの幻影よりも強く、言葉ひとつで紘一の心を揺さぶる。だが紘一は戦闘モードに入る。


「お前の言うことはもう聞かへん。俺のやり方で行く!」


怒り覚醒のスキルが発動し、体が軽く、動きが鋭敏になる。幻影は攻撃を仕掛けてくるが、紘一は冷静に回避し、反撃の隙を作る。心理戦と戦闘が交互に押し寄せる中、紘一は一歩一歩前進。精神的圧力に耐えつつ、迷路の中心に到達する。


中心に置かれたのは、古びたデスクと一枚の紙。そこには「自由は自分で掴むもの」と書かれていた。紘一は紙を手に取り、深く息をつく。会社では経験できなかった、完全な自由を手にした感覚が胸に広がる。


「……これが、俺の力か」


迷路を抜けた瞬間、街の光が目に飛び込む。ブラック企業迷路は、単なる物理的な挑戦ではなく、精神的成長のための試練だった。紘一は深く息をつき、次なるダンジョンへの期待を胸に歩き出す。


自由を手に入れた男の冒険は、まだ始まったばかりだ。

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