第2話 迷宮カフェと情報戦
遠藤紘一は、初めてのダンジョン探索からわずか数日で、街の中にある「迷宮カフェ」の情報を耳にした。小さな喫茶店が、突如ダンジョンとして変化するという。現実と非現実が入り混じるその場所は、戦闘よりも情報収集と交渉がカギとなるらしい。
「カフェのダンジョン……どんな感じなんやろな」
紘一は微かに笑みを浮かべ、肩にかけたリュックを確認する。社畜時代、書類や企画書をまとめるために鍛えた手際の良さと情報整理能力が、ここで役立つ予感がしていた。
入口に着くと、看板には確かに「迷宮カフェ」と書かれている。しかし店内に一歩足を踏み入れると、そこは既に現代ダンジョンだった。カウンターの向こうには、紅茶のポットを掲げるモンスターが立っている。見た目は普通のウェイターだが、眼光は鋭く、攻撃の気配を漂わせていた。
「……こ、これは交渉が必要やな」
紘一は懐中電灯をカバンの中にしまい、まず観察から始める。周囲には、さまざまな魔法のような仕掛けが施されており、ティーカップが飛び回ったり、ソファが微妙に移動したりしている。カフェのレイアウト自体が敵の攻撃手段になっているのだ。
最初のターゲットは、空飛ぶティーカップを操る小型モンスター。戦闘も可能だが、紘一はまず交渉を試みる。社畜時代、無理難題な会議や取引先との折衝を耐え抜いた経験が、今ここで光る。
「お前たち、戦うより話し合ったほうが得策やないか?」
その瞬間、モンスターは微妙に首をかしげた。紘一はさらに付け加える。
「俺も今日は戦闘より情報が欲しい。協力してくれたら、報酬は渡す」
社畜時代、上司に説得しつつ書類の期限を延ばした経験が、自然と口に出ていた。モンスターは不思議そうにじっと紘一を見つめ、やがて一体がうなずく。交渉成立だ。
部屋を進むと、壁に貼られたメニューが怪しい暗号に変化していることに気づく。ここで必要なのは、観察力と分析力。紘一は落ち着いて暗号を解読し、次の部屋への道を見つけた。
「なるほど……これは情報戦やな」
通路を進むうちに、紘一は仲間探索者の姿も確認する。互いに目で合図を交わし、役割分担を決める。戦闘よりも情報の読み合い、交渉の駆け引き、罠の回避が勝敗を左右する。ここでは、スキル「情報解析」と「交渉術」がフル稼働だ。
奥の部屋には、巨大なコーヒーメーカーが待ち構えていた。魔力で動くその機械は、一定時間ごとに蒸気を噴射し、通路を塞ぐ。戦闘も可能だが、紘一は観察を続ける。蒸気の噴出口とタイミングを読み、細い通路を安全に通過。会社で培った「タイミング管理能力」が、ここでも役立つ。
最深部に着くと、店主の幻影のようなモンスターが現れる。圧倒的な存在感を持つが、ここでも紘一は戦闘より交渉を優先する。情報の交換を条件に通過を認めさせる戦略だ。社畜時代に学んだ「相手の心理を読む力」が、効果を発揮する瞬間である。
「協力するから、道を開けてくれ。俺も得るものがある」
モンスターは微かに頷き、通路が開かれる。紘一は胸の奥で小さくガッツポーズを作る。戦闘以外の方法でクリアできたことは、大きな自信となった。
迷宮カフェを抜けた後、紘一は街の光を見上げる。自由に選び、考え、行動できる。この感覚――戦闘だけではない探索の楽しさを、彼は初めて実感したのだった。
「これが……情報戦ってやつか。面白いな」
新たなスキルの手応えとともに、遠藤紘一の現代ダンジョンツアーは、次のステージへと続いていく。自由を手に入れた男の冒険は、まだ始まったばかりだった。
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