3.大勝利!希望のクリスマスへレディーゴー!

「……助かりました。ありがとうございます」


 私がお礼を言うと、床から生えた美女(おじさん)、天井から伸びた監視カメラ、モニターに映る少女の幽霊がそろって「「「どういたしまして」」」と言った。

 ついでに天井のパネルが降ってくる。あ、それそういう怪異なんだ。


「静電気の人にも、お礼を言っておいてください」

「静電気?」

「はい。部屋を選ぶときに、確か」

「誰かそんな幽霊呼んだ?」


 少女の声に監視カメラが首を振り、天井からパネルが降ってくる。意思表示の仕方よ。


「たぶん自然現象だと思う」

「はあ……」


 ならいいんだけど。


「それにしても。どうして皆さんはここに? このラブホテルに取り付いてるんですか?」

「ああ、それはね」


 にょっ、と少女がモニターから出てくる。○子より気軽に出てくるじゃん。

 少女は白いワンピースがしわにならないようにベッドに腰掛けると、


「横どうぞ」


 と言う。


「はあ、まあ」

「ふふ。ちっとも怖がらないんだね、貴方」

「まあ、悪い幽霊ではなさそうですし」

「嬉しいのう。なあ、さだちゃん」


 おじさんの声に部屋の隅を見れば、今まで美女の姿をしていたおじさんははげ頭の『年相応』の姿に戻っていた。姿を変えられる妖怪、とかなのかな。


「さだちゃん?」

「はい。幸子、と私は言います」


 だ、はどこから出てきたんだ、だ、は。

 幸子ちゃんは嬉しそうに私に笑いかける。


「私。実は大昔にこの辺で死んだんです。昔はここ、井戸だったんですが、その……彼氏に殺されてしまいまして」



 幸子ちゃんの話は、こうだ。


 昭和のころ。戦争で逼迫した生活ながらも、なんとか暮らしていた幸子ちゃんと彼女の彼氏。二人は結婚し、つつましいながらも幸せな暮らしを送っていた。

 だが、戦争の趨勢が徐々に日本劣勢に傾くにつれ、元々豊かではない二人の暮らしは更に劣悪になっていった、という。

 そんな中で、彼氏が取った選択。それは無理心中だった。



「……ひどい」

「慮っていただきありがとうございます。だけど、私は仕方ないと考えているんです。あの状況で生きていたとしても、やがてはもっと酷い死が待ち受けていたかもしれない。私は、二人で死ねて幸せだったんです」

「幸子ちゃん」


 彼女の言葉に嘘はないように、幸子ちゃんの顔には笑顔が咲いている。


「二人で毒を飲んで、私達は死にました。死体は涸れ井戸に放り込まれ、こうしてここに」

「でも……その、幽霊って成仏できないから、幽霊になるんでしょう? 成仏できないほどのなにか、心残りがあるんじゃないの?」

「心残り……特にないんですよね」


 ないんかい。あっけらかんと笑ってみせる彼女は「でも」という。


「できれば、恋人達には幸せになってほしいんです。そうこうしているうちに、私の死んだ井戸の上にこんなものが建ったものですから……。だから、貴方の彼みたいに、女の子を騙す人は、許せなくて」

「……だから、助けてくれたんだ」

「余計なお世話だったらごめんなさい。ここにいる幽霊のみなさん、本当はこのホテルの幽霊でもなんでもないんです。私が『ユカイプ』で声を掛けたら、集まってくれて」

「ユカイプ?」

「幽霊のスカイプです。便利ですよね、現代社会」


 突っ込むべきか……。いや、まあいいや。


「皆さん、ありがとうございます」


 私がそう言うと、おじさんは満足げにはげ頭を撫で、監視カメラはウィンウィンとカメラを動かし、パネルはバラバラと音を立てて落ちた。パネルはいいけど監視カメラ、君喋れたよね?

 ちなみにパネルはしばらくすると天井に戻っている。便利だな。


「まあ、心残りが一つあるとすれば」


 そんなことを考えていると、ぼそり、と幸子ちゃんは言った。


「私が死んだ次の日ね、誕生日だったの。12月25日。クリスマス。彼が心中を24日に選んだのは、せめて誕生日を避けるためだったのかもしれないけれど。せめて、誕生日くらい迎えさせてくれてもよかったと思わない?」


 その日、幸子ちゃんは始終笑顔だったけれど。


 その時だけ、彼女の笑みが憂いに沈んでいたのを、私はその日、忘れることはできなかった。



 翌日。

 彼から連絡が来ることは無かった。確証はないけれど、きっとこれからも来ないのだろう、と勝手に思っている。


「……いるのかな、幸子ちゃん」


 私は一人、手に包みを持って、昨日のラブホを訪れていた。

 昨日の部屋は幸いにも空いていて、鍵を手に取って部屋を目指す。

 部屋を入った瞬間、壁掛けのモニターがぷつっ、と点いた。


「あれ、えっと……英子(えいこ)ちゃん」

「こんにちは。会えてよかったわ。というか、私の名前覚えていてくれたのね」

「もちろん」


 部屋を出るときに名前を尋ねられたので教えたのだが、ちゃんと覚えていてくれたらしい。

 幸子ちゃんはモニターの中からずるずると這い出してきた。


「今日はどうしたの? また彼氏に嫌がらせされた?」

「いや、今日は幸子ちゃんに会いに来たの。はい、これ」


 包みを幸子ちゃんに手渡す。今更ながら彼女はきちんと実体のある存在のようで、包みを受け取った彼女は不思議そうに袋の中身を眺め、それから。


「……え、これって」

「誕生日プレゼント。お気に召してくれるかはわからないけど」


 袋の中身は、ピンクのワンピースだった。


「いいの!?」

「うん。幸子ちゃんのワンピース、ちょっと汚れてたから。お節介かと思ったけど、お洋服、用意してあげたら喜んでくれるかなと思って」

「喜ぶ喜ぶ! ありがとう!!! すごいね、サンタさんは本当にいたんだ、架空の存在かと思ってた……!!」


 架空の存在筆頭候補みたいな幽霊がそういうのは、なんとなく面白かったけれど。


「メリークリスマス、そして誕生日おめでとう、幸子ちゃん」

「あ、でも私、お返しが……」

「お返し? そんなの別に。だって」

「だって?」


 そんな幽霊の友達ができるなんて、最高のクリスマスプレゼントじゃない?

 訝しがる幸子ちゃんに向けて、私は「まあまあ、早く着てみてよ」と言ったのだった。

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眼鏡っ娘大学生&ラブホの幽霊VS邪悪な今カレVSサンタさん 天音伽 @togi0215

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