2.こわいぞ!ラブホの幽霊たち!

 ホテルは何回か通ったホテルだった。

 エントランスの看板で空き部屋を選び、彼がボタンを押した、その時だった。


「……ってぇ!」


 急に大声を出すものだからびっくりしてしまう。「どうしたの?」


「ボタン押したら電気流れたんだよ! めっちゃビリビリしたんだけど!?」


 そんな馬鹿な。私も彼が押したボタンに手を伸ばす。


「特になにも無いけれど……」


「ちっ、静電気かよ……」


 明らかに機嫌を損ねた彼と、エレベーターへ。

 彼が神経質そうに行先パネルを叩いていると、今度は。


「てえっ!!!!!!!!!」


 その瞬間は私も見た。エレベーターの天井に張り付けられていたタイルのようなものが、彼の頭に直撃するのを。


「ちょっと、大丈夫!?」


「なんなんだマジで……!?」


 彼は腹立たしそうにパネルを蹴っ飛ばすが、その瞬間目的階に到着したエレベーターのドアが開く。

 蹴とばしたパネルは、エレベーターを待っていた大男に直撃した。


「あ……」


 彼もガタイのいい方だが、待っていた大男ほどではない。

 っていうか外人に見える。浅黒い肌の男はギロリと彼を見ると、押し殺した声でこう言った。


「……ケンカウッテマスカ?」


「ごめんなさい、ごめんなさい!!!」


 それは敬語だったけれど、彼を震え上がらせるには十分すぎるほどの迫力があって。


「ひあっ!?」


 彼は私の右手首をひっつかみ、慌てて走り出す。

 部屋の鍵を開ける動作もおぼつかないまま、私たちは揃って部屋へと雪崩れ込んだ。


「ったく……なんなんだ、マジで……!」


 彼は苛立った様子でそう叫ぶと、いきなり私のコートに手を掛ける。


「!?」


「なにビビってんだ、ホテル来てるんだろうが! さっさと脱げ!!」


「……っ!」


 彼が乱雑に掴んだのは、母が私に誕生日祝いに買ってくれたコートだった。

 さすがにこんなに雑な扱いは許せない。抗議の声を上げようとした――その時だった。


「キャーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!!!!」


 彼の手が止まる。今、部屋に鳴り響いた女性の叫び声が信じられないのだろう。それは私も同じこと。


「え……?」


 私たちの視線は、部屋の壁に掛けられたモニターに集中する。

 あろうことかそこには……某有名ホラー映画の井戸が映っていた。


「おいおい……なんの悪戯だよ!?」


 彼がモニターの電源を押すが、画面は消えない。それどころかコンセントを抜いても、その画面は消えやしない。

 井戸の中から、ゆっくりと白い幽霊が飛び出してくる。

 幽霊は白い面を、電源を消そうと悪戦苦闘する彼に向けると――。


「無駄、ですよ」


 静かな声で、彼に言った。


「ひいっ!?」

「無駄です。私はこのラブホテルに住まう井戸の霊。化学現象ではありません。ですから――」


 女の霊がベッドを指差す。すると次の瞬間、ドカン!!!ととんでもない音がしてベッドが爆発した。


「な……」

「このようなことも。また、」


 爆発したベッドの綿が降り注ぐ中、尻もちをついて動けなくなってしまった彼の横から白い手が生えてくる。

 その手の持ち主はたちまち床から生えると、全裸の女性となって彼の耳元に口を当てる。


「……おなごかと思ったか? おっさんじゃよ」

「ひいいいいいいいっ!!!!!」


 ラブホテルに住まう井戸の霊もよくわからないが、グラドル顔負けのビジュアルから吐き出されるおじさんの声というのもよくわからない。

 だけどそれで彼の恐怖心を煽るには十分だったのだろう。股間から液体を漏らす彼に、天井に取り付けられた監視カメラがみょーんとアームを伸ばしてくる。

 ありえないほど伸びたアームに取り付けられたカメラは、おもらしする彼の様子を克明に記録すると彼にこう言った。


「君の親戚にばらまこうかな」

「それだけはなんとか!?」


 監視カメラは子供の声だった。あざ笑うかのような子供の声に、彼もまた子供の悲鳴のような声で叫ぶ。


「なんだよ、なんなんだよ! 俺が何をしたっていうんだよ!!」

「そこの女の子。騙したでしょ、貴方」

「……私?」


 急に話を振られてびっくりする。


「そう。君、覚えてる? 最初にそこの女の子を酔っ払ったはずみで連れ込んだこと。私……いや、私『達」は覚えてる。女の子が嫌がっていた姿を見て、私達は思ったの。どうせ、ロクでもない手口で連れ込んだんだろうな……って」

「あ、ああ……」

「ちょっと待って。ってことは、貴方、私がその……最初にそういうことをされた時を見てたってこと?」

「ええ、もちろん。映像にも。出しますか?」

「やめて」


 本当にやめてほしい。羞恥プレイにも程がある。

 ただ、そんな調子で幽霊と話す私を、彼は信じられない目で見る。


「お前……」


 何か言おうとした口を、美女――声はおっさん――が塞ぐ。ああ、ややこしい。


「じゃからな。今度あんたが女の子にいたずらをしようものなら、とっちめてやろうと思ってたんじゃ。そして今日、あんたはこのホテルにやってきた。袋のネズミ、というわけよ」

「むー! むー!!!」


 女の子に手を塞がれながら、おもらしして暴れてる。私も後で監視カメラくんから動画貰おうかな、護身用に。


「そんなわけで。ここで一つ、選びなさい。その子にもう関わらぬと誓うか、ここでワシらと悪戯漬けになるか。さあ、どっちがいい?」


 おじさんの声に、彼の反応は素早かった。


「ひ、ひいっ……!!!!!!!!!!!」


 言葉を話すこともなく、バタバタと彼が部屋から駆け出していく。

 バタン、と仕舞ったドアは遮音性バツグンで、静まりかえった部屋でモニターの中の女の子は言った。


「これで、一件落着かしらね」

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