契約の夜
第1話 夜はまだ名前を知らない
夜はいつも同じように来るのだと思ってた。街灯は一定の間隔で並んで帰り道の景色も空の色も昨日と変わらない。夜はただ暗くなって朝が来る。そう信じて疑わなかった……そう、あの夜までは。
「……なにあれ……」
思わず足を止めて空を見上げる。月がやけに近い…… 白く、冷たく、輪郭だけが不自然なほど鮮明で、まるでこちらを見下ろしているみたいだった。
「変なの……」
呟いた声は夜に溶けて消えた。そのはずなのに耳の奥がじんと痺れる。音が消えたというより、最初から"響かなかった"ような感覚だった。
街灯は点いている。道も、建物も、確かにそこにある。なのに人の気配だけがない。胸の奥が嫌な音を立てる。
「……帰ろ」
一歩足を踏み出した瞬間、空気が軋んだ。目に見えないはずのものが確かに歪んだ。夜が、縫い目を失いかけている。そんな、有り得ない感覚。
月光が視界の端で揺れる。光が落ちるはずのない角度で地面に影が伸びた。
「……なんなの……?」
逃げなきゃと思うのにまるで地面に縫い付けられたかのように足が動かない。呼吸が浅く、早くなる。静かすぎる夜が耳の奥を圧迫する。
その瞬間、胸の奥がちくりと痛んだ。針で刺された痛みじゃない。まるでじわじわと内側から形を作られるようなそんな痛み。嫌な感覚。
「なん……なのよ……!」
私は胸元を抑え浅くなる呼吸を繰り返す。冷たいはずの夜の空気の中でそこだけが妙に熱を帯びていた。何かを刻まれようとしている……。
理由は分からない。けれど分かってしまった。この夜は、放っておけばきっと壊れる。そして私は……その境界に立ってしまったのだと。
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