第3話 監禁生活スタート(豪華スイート)。皇帝陛下の尋問(という名の愛の囁き)が止まらない

「……聖女マリアが『黒幕』と繋がっている。それを知っているのかと聞いたのだ」


 私の言葉に、クラウス陛下の眉間がピクリと動いた。

 部屋の空気が、質量を伴ったかのように重くなる。

 先ほどまでモンブランに浮かれていた「ただのファン」の気配は消え、そこにいたのは紛れもなく、大陸最強の軍事国家を統べる「氷の皇帝」だった。


「エリーゼ。……貴様、どこまで知っている」


 低い声が、ナイフのように喉元に突きつけられる。

 赤い瞳が私を射抜く。

 怖い。

 背筋が凍るような恐怖を感じる。普通なら、ここで萎縮して言葉を失うだろう。

 けれど、私には聞こえていた。彼の冷徹な仮面の下で荒れ狂う、もう一つの「声」が。


(なんでだ? なんでエリーゼがそんな危険な情報を知ってるんだ? まさか、俺が知らないところで脅されていたのか? 誰だ? 教会の密偵か? それとも腐敗貴族の回し者か? 誰が彼女を危険に晒した? 許さない。エリーゼを不安にさせる要素は、この国の草一本に至るまで焼き払ってやる……!)


 ――過保護がすぎる。

 陛下の怒りの矛先は、私ではなく「私を危険に巻き込んだ(と想定される)見えない敵」に向いていた。

 その事実が、私に奇妙な勇気を与えてくれる。

 私は震える膝をドレスの下で隠し、背筋を伸ばして微笑んだ。


「すべて、独自の調査によるものです。……陛下。私を生かしておけば、必ずお役に立てますわ」


 私は勝負に出た。

 単に「愛されている」という事実に胡座をかいて守られるだけでは、いつか飽きられるかもしれない。それに、ずっと籠の中の鳥でいるのは御免だ。

 私は陛下の「共犯者」になりたい。対等なパートナーとして認めさせれば、少なくとも「足舐め監禁生活」よりはマシな待遇が得られるはずだ。


 陛下はしばらく私を凝視していたが、やがてふっ、と鼻を鳴らした。


「……いいだろう。その度胸と知恵に免じて、今ここで殺すのはやめてやる」


(あああ、その勝気な瞳! ゾクゾクする! 守られるだけの女じゃないって言いたいのか? 最高だ。俺の覇道を行くパートナーに相応しい。もう結婚しよう。今すぐ神父を呼ぼう。いや、今はまだマリアの件が片付いていない。我慢だクラウス、耐えろ俺の理性)


「ただし」


 陛下は私の手首を掴み、ぐい、と引き寄せた。

 顔が近い。整いすぎた美貌が目の前に迫る。


「貴様は今日から俺の『囚人』だ。俺の許可なく城外に出ることは許さん。……俺の許可なく、死ぬことも禁ずる」


(訳:ずっと側にいてくれ。俺の目の届く範囲にいてくれないと心配で仕事が手につかない。あと、もし誰かにいじめられたらすぐに言いつけてほしい。全力で報復するから)


「……承知いたしました、陛下」


 私は殊勝に頭を下げた。

 こうして、私の「監禁生活」が幕を開けたのだった。


          ◇


 翌朝。

 窓から差し込む鳥のさえずりで目が覚めた私は、改めて自分が置かれた状況を確認して愕然とした。


「……これが、監禁?」


 昨夜は緊張と疲れですぐに眠ってしまったが、冷静になって見回すと、この部屋はおかしい。

 

 私が寝ていたのは、天蓋付きのキングサイズベッドだ。マットレスは雲のように柔らかく、シーツは最高級のシルク。枕元には、なぜか私の瞳の色と同じアクアマリンの原石(拳大)が、無造作に置かれている。魔除けだろうか。高価すぎて怖い。


 部屋の隅には、山積みになった書物。恋愛小説から歴史書、魔術の専門書まで揃っている。

 クローゼットを開ければ、王族しか着られないような刺繍入りのドレスが数十着。

 そしてテーブルの上には、朝食として、フルーツの盛り合わせと焼き立てのパン、湯気を立てるポタージュが用意されていた。


「囚人の待遇じゃないわね……」


 実家にいた時よりも遥かに良い暮らしだ。

 実家では「悪役令嬢」として家族から疎まれ、冷たいスープを飲まされていたことを思うと、涙が出そうになる。

 パンを一口かじる。バターの香りが口いっぱいに広がった。美味しい。


 その時、ガチャリと扉が開いた。

 朝食を運んできたメイドかと思いきや、入ってきたのは軍服姿のクラウス陛下だった。

 朝から完璧に着こなした黒の軍服が、彼の冷徹さを引き立てている。


「……起きているか」


「へ、陛下!?」


 私は慌ててパンを置き、居住まいを正した。

 陛下は部屋に入ると、護衛の騎士を廊下に待機させ、重々しく扉を閉めた。

 そして、私の前のソファに腰を下ろす。


「尋問の時間だ」


 陛下は氷のような声で告げた。

 手には羊皮紙とペンを持っている。

 なるほど、昨夜の話の続きだ。聖女マリアの背後関係、私の情報源、そういった機密事項を聞き出すつもりなのだろう。

 私は気を引き締めた。ここで有益な情報を提供できなければ、私の価値はない。


「正直に答えろ。……嘘をついても、俺にはわかる」


(寝癖! 少し跳ねた髪が可愛い! 朝の光を浴びたエリーゼ、神々しすぎる。絵師を呼べ、いや俺が描く。網膜に焼き付けろ。……よし、落ち着け。まずは彼女の体調を聞かねば。よく眠れたか? 枕は合っていたか? 寒くなかったか?)


 心の声が初手からフルスロットルだった。

 私は「嘘をついてもわかる」という言葉の意味を噛み締める。確かに、私の体調を気遣う本音がダダ漏れなのだから、嘘をつく必要がない。


「はい。……枕が変わりましたが、とてもよく眠れました。お気遣い感謝します」


 私が答えると、陛下は「フン」と鼻を鳴らし、羊皮紙に何かを書き込んだ。

 尋問調書だろうか。


(よかった……! あの枕、最高級の羽毛を取り寄せて正解だったな。よし、次は食事の好みだ。これからの献立作成に必要不可欠なデータだ)


「……昨夜の食事、そして今の朝食。味はどうだ。不満があれば言え」


「とても美味しいです。特にパンが」


(パン派か! メモメモ。明日はクロワッサンを用意させよう。ジャムは何が好きだ? イチゴか? ブルーベリーか? 全部用意するか)


 陛下はサラサラとペンを走らせる。

 覗き込むわけにはいかないが、おそらく「重要証言:被疑者はパンを好む」などと書かれているのだろうか。いや、普通に「パン派、ジャム全部」と書かれている気がする。


「次に……貴様の趣味についてだ。城での幽閉生活、退屈させて死なれては困るからな」


 言い方は冷たいが、内容はただの「休日の過ごし方リサーチ」である。

 

「読書が好きです。あとは……刺繍を少々」


「読書か。どのようなジャンルを好む」


(恋愛小説か? それとも冒険活劇? もし恋愛小説が好きなら、俺とエリーゼをモデルにした小説を匿名で書かせて本棚に混ぜておいたら読んでくれるだろうか。「冷徹皇帝の不器用な溺愛」みたいなタイトルで。……いや、それはさすがに引かれるか? でも読んでほしい)


 危ない。

 陛下が危うく「自作の夢小説」を私の本棚に仕込もうとしている。

 私は慌てて軌道修正を図った。


「歴史書や、各国の情勢がわかる資料を好みます。……今の情勢を分析し、陛下の覇道のお役に立ちたいのです」


 これは半分本音で、半分は「有能アピール」だ。

 陛下はペンを止め、私を見た。

 赤い瞳が揺れる。


(……健気だ。こんな状況でも、俺の役に立とうとしてくれているのか。普通なら泣き叫んで「家に帰せ」と言うところを。なんて強い女性なんだ。好きだ。愛してる。やはり彼女こそが皇后に相応しい)


「……殊勝な心がけだ。必要な資料があればリストにして提出しろ。手配してやる」


「ありがとうございます!」


 よかった、夢小説は回避できたようだ。

 その後も「尋問」は続いた。

 「好きな色は」「寒がりか暑がりか」「犬派か猫派か」。

 表向きは「囚人の管理データ作成」という体裁をとっているが、聞こえてくる心の声は完全に「好きな子のプロフィール帳を作りたい男子」そのものだった。


 一通り聞き終えると、陛下は満足げに羊皮紙を懐にしまった。


「……今日の尋問は以上だ。大人しくしていろ」


 陛下が立ち上がる。

 私はホッとして見送ろうとしたが、彼は扉の前で立ち止まり、背中を向けたまま言った。


「それと……マリアの件だが」


 空気が変わる。

 振り返った陛下の顔は、真剣そのものだった。


「奴の背後にいる貴族たちの尻尾を掴んだ。……近いうちに、貴様にも『証言』の場に立ってもらうことになるかもしれん」


(本当はそんな矢面に立たせたくない。泥を被るのは俺だけでいい。だが……エリーゼの名誉を回復するには、彼女自身の手で真実を暴く舞台が必要だ。俺が必ず守る。だから、一緒に戦ってくれるか?)


 言葉足らずな脅し文句と、切実な祈りのような本音。

 私は自然と背筋が伸びた。

 この人は、不器用なだけで、本当に私のことを考えてくれている。

 

「はい。……覚悟はできております、陛下」


 私が力強く答えると、陛下は一瞬だけ口元を緩めた――気がした。


「いい返事だ」


 陛下は部屋を出て行った。

 扉が閉まる瞬間、(あー、今の「はい」の声、可愛かったなー。録音したかったなー魔道具持ってくればよかったー!)という叫びが聞こえてきたけれど、私は聞かなかったことにした。


 扉の外から、護衛の騎士たちの話し声が微かに聞こえる。


「おい、聞いたか今の尋問……」

「ああ。『好きな色は』『パンは好きか』って……」

「陛下、あの令嬢のこと、どうやって料理してやろうかって楽しんでおられるぞ……恐ろしいお方だ」


 騎士たちの間では、陛下は「囚人の好みを把握して、一番嫌がることをするサディスト」として解釈されたようだった。

 違うんです。

 貴方達の主君、ただの純情なオタクなんです。


 私はふかふかのベッドに倒れ込み、天井を見上げた。

 とりあえず、命の危険はない。

 衣食住も完璧。

 問題は、この「心の声」を聞くたびに、私の心臓が違う意味で休まらないということだけだ。


 ――こうして、私の優雅で騒がしい監禁生活が始まった。

 けれど私はまだ知らない。

 城の外では、私の生存を知った聖女マリアが、とんでもない行動に出ようとしていることを。



   *  *  *


 お読みいただきありがとうございます!


「皇帝陛下の心の声、うるさい!」

「エリーゼ頑張れ!」

「続きが気になる!」


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2025年12月29日 08:15
2025年12月29日 20:15
2025年12月30日 08:15

処刑台から失礼します。冷徹皇帝の心の声が「愛してる」と叫んでいるのですが、もしかして私、死刑回避できますか? 夜桜 灯 @yozakura_tomoshi

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