第一部 2話

 神前(カンザキ)零は5本の指それぞれに性質を持っている。左右の指を合わせる、または結ぶことで、親指=木、人差し指=火、中指=土、薬指=金、小指=水の五行思想を発生させた。中でも、火の性質を持つ人差し指に力を込めた。その両手両指を地に伏せる球の身体に被せた。すると球はすぐに起き上がり、拳に火を灯した。「輪!てめぇ、騙しやがって!」怒髪天衝(どはつてんしょう)の勢いである。「倒されたくせに、威勢だけはいいのね」輪は木刀をネル布で拭き取っている。「2人とも矛(ほこ)を収めろ」零の言葉に輪は反論した。「私はもう戦う意志ないんだけど」「いや、戦意はあった方がいい。久しい珍客だ」零の視線を2人も追った。校舎の屋上に焦点を合わせた時に、そいつは3人の間に立っていた。一瞬にして三次元移動をしてみせたのだ。「始めから見てたけど、君ら面白いね」そいつは親しみを込めて、にっこり笑った。最初に仕掛けたのは、当然、球だった。が、それを先行して零が親指を合わせていた。一拍おいて輪も木刀を振る。——全員空振り、そいつは消えていた。「うーん、連携プレイは上々。でも、同時攻撃の連係はいまいちかな」そいつは再びその場に現れた。球が再び拳を上げる。「待て!」零が珍しく大声を発した。「あんた、誰だ?」「真田真(サナダマコト)、16歳、この学園の高等部2年生、君らの先輩さ」そいつ、真田真はあっさり答えた。「あんたも、五行説が使えるのか?」真は答える代わりに笑ってみせた。「うーん、五行説、別名五行思想は古代中国の自然哲学だ。万物(ばんぶつ)は5種類の元素からなり、その元素は一定の法則で互いに影響を与え合いながら、変化し、また循環しているという思想……」真は動かない3人を見据えて、満足したのか校庭をゆっくり歩き始めた。「五行の五は5つの元素のことで、行は動く、廻(めぐ)る、という意味を表す。5種類の元素は、人間の生活に不可欠な木・火・土・金・水の素材だ」ここで真はグラウンド中央の3人に目をやる。校舎のある北側から西側へ移動していた。「零君も言ったように、五行説には相生(そうじょう)と相剋(そうこく)がある。相手を強める影響を与える関係を五行相生といい、相手を弱める影響を与える関係を五行相剋という。——これは、強めるから良い、弱めるから悪いということじゃなく、バランスが重要なんだ」真は尚(なお)も歩き、元いた位置の反対、つまり南側に移動していた。3人は真を目で追うことはできても、その場から動くことができずにいた。真の説明は続く。「五行相生は木が燃えて火を生じ、火が燃えた後は土が生じ、土からなる山には鉱物である金が生じ、金は水を生じ、水は木を成長させる、というように順番に相手を強める影響をもたらす」真は輪を見て、にっこり笑った。先ほど木刀を一瞬金に変え、水の構えへ五行相生を図った事を言っているのだ。真は校庭のトラックを4分の3移動し、零が最初にいた東側を一定の速度で歩いている。「一方の五行相剋は、水は火を消し、火は金を溶かし、金(刃物)は木を切り倒し、木は土を押し除(の)けて成長し、土は水を堰(せ)き止める、というように順番に相手を弱める影響をもたらす」今度は球に笑顔を向けた。金となった輪の木刀に火は効果的だが、水に打ち消されてしまった事を言っている。球は拳を握るが、火は出ない。真がグラウンドを一周し、校舎側に戻ってきた。そして、零と同じように両手を合わせた。「ご静聴、感謝するよ」3人は金縛りが解けたように、自分の意思で動けるようになった。


五行説図式

相生(強める)木→火→土→金→水→木に戻る。

相剋(弱める)木→土→水→火→金→木に戻る。


第一部 3話へ続く……

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