第一部 1話

 現在、1人の男が佇(たたず)む。「2人、強いのがいるね」男は姿を消す。夜の公園に10人ほどの男たちが倒れ、呻(うめ)き声を上げていた。立っているのは2人の少年。「生意気だからって多人数での奇襲攻撃は良くないと思いまーす」間延びした声で、立っている少年の1人が近くに倒れている男にしゃがんで話しかける。そして、落ちている鞄(かばん)に手を伸ばす。「スタンガンにナックルダスター。これは特殊警棒。おっと——、拳銃かと思ったが、これはピストル型の催涙スプレー。極めつけは全員防刃ベスト着用とは、護身用具のオンパレードだなあ」鞄の中身を取り出した少年が周囲を見渡す。「10人がこれだけ用意して、丸腰の2人にこのザマですかあ?」——返事はない。すると、もう1人が声をかけた。「球、もういいから帰ろう」彼も球と呼ばれた少年も無傷である。「零はもう気が済んだのか?」球という少年は拳を握った。「もういいよ」零という少年は公園を去ろうとしている。「零は優しいから、いつも本気を出さねえ」球は意識のある男に喋り続ける。「でもな、俺はいつだって本気だ。本気でやらねえと本当の実力が分からないからなっ!」そう言って球は男の着ている防刃ベストを殴った。男は気絶し、防刃ベストには拳大の穴が空いていた。


 公園を後に夜道を歩く2人。「今日は進学初日だぜえ」球が零に話しかける。「知ってる」と零が返す。「これが高等部スタートの洗礼ってやつかあ」「洗礼を受けるにしては薄い壁だ」零は遠くを見ている。「だよなあ、喧嘩や乱闘なんざ中等部の頃、腐るほどやったからなあ」球は拳でグーとパーを繰り返している。目の前に得物(えもの)を持つ人影が現れた。またか、と2人は足を止める。街灯に照らされたその姿は少女だった。「球、零、あんたたち、また喧嘩したでしょう」開口一番に説教を垂れてきた彼女は、木刀の切っ先を2人に向けている。「悪いなあ、お前の分、残してねえわ」と悪びれる様子のない球。「輪は心配して来てくれたのか?」と真顔の零。一方、青筋を立てる輪という少女は、「問答無用ね」と一足飛びで球に木刀を振りかぶった。その隣で零が手を合わせると、輪は何かに弾き返され後方に飛び退き、球の出した拳は、何か硬いものにぶつかったような乾いた音を出して赤く燃えていた。そう、球の右手は火の玉のように燃えていたのだ。それを当の本人は慌てる様子もなく、手をひらひらさせて振り払った。すると火は消えていった。「邪魔を——」するなと、しないで、という言葉が零に浴びせられる。「ここじゃ、迷惑だ」輪は周囲を見て気付く。まだ所々に灯りが漏れる住宅地である。「学園よ」輪は先に立って歩き始める。「はあ?」と不満顔の球。零が球の背中を叩いて歩き始める。「1日に2度も登校って、マジかよお」と言いつつ球も2人についていく。それを追って、もう1人ついていく者がいた。


 さて、夜の校舎を背景に、グラウンドへやってきた球、零、輪の3人と気配を隠しつつ付いてきた者が1人。黙って西方(せいほう)に立つ輪に、球は少し苛立(いらだ)った。輪は白い木刀袋から得物を取り出した。「気付いてると思うけど、竹刀(しない)でもなければ、真剣でもないわ」真剣でないという言葉に球は無意識に拳を握る。「材質は本赤樫(ほんあかがし)、製造地は宮崎県都城(みやこのじょう)市、強度もあって打ちやすい木刀よ」輪は余裕のつもりか蘊蓄(うんちく)を傾ける。そして、構えた。剣先を相手の目に向ける中段の構え、別名水の構え。「私が斬れると思ったモノは必ず斬れる。私が斬ると言ったモノは必ず斬られる運命にある」小さな声だが、球には聞こえていた。「ほざいてろ!」球は拳を燃やして正面から向かっていった。「不味いな……」東方(とうほう)から球の後ろ姿を見ていた零は冷静に判断した。火の拳と木刀、単純に木を燃やす火の勝ちという図式ではない。現に辛酸(しんさん)を舐めたのは球だった。では、勝敗を分けたのはリーチの差だろうか。勝因と同じ数だけ敗因がある。今回はリーチ含め、4つの事が挙げられる。拳と木刀、相手に届く距離としては木刀に軍配(ぐんばい)がある。2つ目は2人の精神状態。輪は対峙(たいじ)する前に相手を煽(あお)っていた。それは2人が幼馴染(おさななじみ)で、球の性格をよく知ればこその作戦だった。球は直情的で怒れば単純なのだ。3つ目は風水による武運とでも言うべきか、輪は西からの攻撃に長(た)けていた。最後に——、「相生(そうじょう)と相剋(そうこく)だ」零が胸の前に手を——、正確には5本の指を合わせて2人の傍(そば)に立っていた。


第一部 2話へ続く……

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