第5話 髑髏

 やがて、赤い光の回転が緩やかになって・・止まった。光が薄くなって、消えた。


 すると、髑髏の口から何かが飛び出した。それは放物線を描くように宙を舞うと、器土堂かわらけどうが持つ籠の中に収まった。写楽は目を疑った。髑髏の口から飛び出したのは卵だった。


 卵が次から次へと髑髏の口から飛び出して・・器土堂が持つ籠の中に入っていった。


 髑髏の口から卵が出なくなると、器土堂は卵の入った籠を床に置いた。そして、籠から卵を一つ手に取ると、樽に当てて殻を破った。器土堂の手の中にあったものは・・黄身が外に出たゆで卵だった。黄身返し卵だ。


 それを見ると、器土堂は満足そうに頷いた。そして、糖味噌の上に乗っている髑髏に向かって、何か声を掛けた。また、異国の言葉だった。


 すると、髑髏の口から声が出た。やはり、異国の言葉だ・・


 器土堂が手に持っている黄身返し卵を髑髏の口に入れた。髑髏が満足そうに、それを食べた。


 そこまで見届けると、写楽は踏み台にしている本の山から降りた。本をすべて離れの中に放り込むと、急いで須原屋すはらや茂兵衛もへえ千鐘房せんしょうぼうを出て、蔦屋重三郎の耕書堂に走った。


 蔦屋重三郎は奥の蔦の間にいた。写楽が蔦の間に入ると、驚いたことに須原屋茂兵衛が重三郎の前に座っていた。


 茂兵衛は入ってきた写楽を見ても驚かなかった。重三郎が茂兵衛に、写楽を・・阿波徳島藩お抱えの能役者、『斎藤十郎兵衛』として紹介したのだ。茂兵衛は当然、重三郎と『斎藤十郎兵衛』は親しい仲だと思っている。


 茂兵衛が入ってきた写楽に言った。


 「斎藤さん。今、蔦屋さんとあんたの話をしていたんだ。あんたから能の詳しい話を聞けて、私も助かってるとね」


 写楽は茂兵衛の前で、さっき見た器土堂のことを話すべきか一瞬、躊躇したが・・思い切って話すことにした。いつまでも隠しておけることではない。


 写楽の話を聞くと茂兵衛が笑い出した。


 「斎藤さん。悪い冗談はしておくれ。器土堂さんが髑髏しゃれこうべを使って、黄身返し卵を作っているだって! 私もあの蔵に入ったことはないが・・いくらなんでも、そんな馬鹿な話が信じられるかね」


 重三郎も茂兵衛に賛同した。


 「その通りだよ。斎藤さん、悪い夢でも見たんじゃないかい?」


 茂兵衛の前なので、重三郎は写楽を斎藤さんと呼んだ。写楽は必死に言った。


 「本当なんだ、蔦屋さん。須原屋さん。私はこの目ではっきりと見たんだ」


 写楽の勢いに、重三郎が首を傾けた。


 「しかし、斎藤さんの話が本当だとしたら、若い娘が一人死んだってことになる。こりゃあ、お上に知らせなきゃあなんねえぜ」


 すると、茂兵衛が重三郎を見ながら言った。


 「そこまで斎藤さんが言うなら、仕方がないねぇ。器土堂さんはあの蔵の中で寝泊まりしてるんだが、今夜は用事があって他所よそで寝ると言っていたよ。今夜は器土堂さんがいないから、ちょうどいい。私たち三人であの蔵の中へ入ってみようじゃないか」


 そう言うと、茂兵衛は千鐘房に帰って行った。


 写楽は夜になるまで、重三郎の店で待った。


 夜になると、写楽は重三郎と二人で千鐘房に行った。茂兵衛が提灯を用意して待っていた。写楽が提灯を受け取って灯をつけた。写楽を先頭に、三人はあの蔵に向かった。


 蔵には鍵が掛かっていた。写楽が提灯をかざすと、茂兵衛が懐から鍵を取り出して、蔵の扉を開けた。


 三人は蔵の中に足を踏み入れた。

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