第五断片 異聞
地方の古老から聞き取った話がある。文字として残されていない、口承の断片。
> 昔、卵があったという人がいた。
> 卵を見たという人は、いなかった。
>
> 昔、殻があったという人がいた。
> 殻に触れたという人は、いなかった。
>
> 昔、世界が生まれたという人がいた。
> 生まれる前を覚えている人は、いなかった。
────
※ 注釈五
口承は、文字記録よりも変形しやすい。伝承の過程で付加や脱落が起きる。だから、口承を正文と同等に扱うことはできない。
しかし、この異聞には、文字記録にはない誠実さがある。
「いた」と「いなかった」の繰り返し。語る者はいるが、見た者はいない。信じる者はいるが、確かめた者はいない。
世界卵神話とは、そのようなものなのかもしれない。
誰も見ていない。誰も触れていない。誰も覚えていない。それでも語られる。語られることで、存在することになる。
卵は、語りの中にだけ存在する。
殻は、信仰の中にだけ存在する。
世界は——
世界は、どこに存在するのだろうか。
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