第2話、チュン社長からの提案
2
トントン
星流東子が社長室のドアをノックし、
「すみません。星流東子ですが」
と、声を掛けると、
「おおお、待っていたよ。東子ちゃん。さあ、入って」
チュン社長自らがドアを開け、東子を招き入れてくれた。これには、東子は少し驚いた。
「さあさあ、まずはそこに座ってよ」
社長室には、一番奥に、チュン社長自身が仕事をするパソコンデスクがあり、入ってすぐに応接セットが置かれている。これまで社長室では立ったままでチュン社長と打ち合わせなどをすることはあったが、社長室で椅子に座るのは、前回の呼び出しに次いで、2回目だった。
(やっぱクビかな)
椅子に座った東子が、無言で、顔だけ苦い表情を浮かべると、相対して座ったチュン社長は、間髪入れず話し始めた。
「東子ちゃん、今日、君に来てもらったのは他でもない、君に担当してもらっている仕事のことだ」
東子の顔が、さらに苦くなった。
「まず、どうだね。今の仕事は?君には歌手志望で来てもらったにもかかわらず、社の都合で、それとは違う仕事をしてもらっているが」
東子は慌てて返事をした。
「あ、いや、それはいいんです。曲を出しても、まったくアクセスはありませんし、私は、お金儲けの方も何の成果もなくて、逆に、申し訳ない、と言いますか」
東子はしどろもどろになったが、チュン社長は、そんな東子の反応を気にする様子もなく、言葉を続けた。
「大丈夫だよ、東子ちゃん。そんなに早く成果が出るとは思ってないから。ただ、今回、君を呼んだのは、今の仕事に加えて、君に、ぜひお願いしたいことがあるんだ。君にこそ、してほしい仕事なんだ」
チュン社長は、そう言うと、ジロリと東子を嘗め回すように見て、目を光らせた。
「し、社長、まさか、私に愛人になれとでも。それは、ちょっと」
チュン社長が十年ほど前に奥さんと死別し、今は独身であることを、東子は知っていた。そこに、チュン社長の何やら熱気のある視線を向けられたので、東子は思わず、チュン社長の目を避け、俯いて、そう答えた。すると、
「何、言ってるの、東子ちゃん。私は、何を隠そう、ロリコン傾向があって、若い子しか興味がないんだよ。最も、昔の話だけどね。東子ちゃんって27歳だっけ。その基準から見れば、ギリギリアウトだから、愛人なんて言わないよ」
東子は、そこで何かチュン社長の言葉にカチンと来て、言葉を返した。
「チュン社長、言わせてもらいますが、今時、ロリコンなんて許せませんよ。あ、そうか、社長の好みって、萌ちゃんでしょ。そうか、なんで、あんな若い子が会社にいるのか、前から不思議だったんです」
それを聞いて、チュン社長は、一度、怒って言い返すような素振りを見せたが、それを寸前で止め、再び、穏やかに口調に戻った。
「まあ、君は萌ちゃんのこと、知らないから、仕方ないか。でもね、言っておくけど、男と言うのは恋愛関係でも、相手の優位に立ちたいという願望が強い。だから、恋愛対象にロリコンとまでいかなくても、年下を選ぶ傾向が強い。特に若い時に、同年代の女性との恋愛に失敗したりすると、容易にロリコンに走りがちんだ」
それを聞いて、東子は、
「でも、ダメでしょ。犯罪でしょ」
と言い返した。チュン社長は、それを聞いて、少し考えると、言葉を続けた。
「確かに最近、教育現場でロリコン教師が問題になっている。でも、敢えて言えば、元々、教師になろうって男は子供好きなんだ。子供好きって感情に、ここまでは許されるが、ここからはダメなんて境界を設けるのは、実は難しいことなんだ」
「では、社長はロリコン教師を許容するのですか?」
怒りのまま、東子が質問をぶつけると、
「私は教師じゃないから教師のことは、よく分からないが、例えば、私が数多く会ったカメラマンには、キッカケは単に女の子の写真を撮って、できれば、その子を口説きたいって奴も多い。でも、一流のカメラマンになるために、そんな浮ついた気持ちでやっていけるほど、カメラマンは甘い職業じゃない。やっていくうちに変わっていくんだ」
チュン社長は、そこまで言うと、一呼吸して、今度は東子を見ながら言葉を続けた。
「本来、ロリコン男も教師という職業を通して、鍛えなくちゃダメだ。昔は地域の暴れん坊は相撲部屋に入れられ、立派な力士に鍛えられた。教師にもロリコン男を立派な教師に鍛え上げる、職能教育があったはずなんだ。その職能教育を放棄して、不正があれば即、力士を排除してしまう相撲界、ロリコンの兆候があるというだけで即、退職を迫る教育界では、ろくな人材が育たない。人とは、使い捨てではなく、鍛えて育て、変えていくもの。そうじゃないか?」
長々としたチュン社長の言葉を聞きながら、東子が、
(ところで私は、一体、何のためにここに来たんだっけ)
と思い始めた時、
「最も、私がロリコンだったのは、随分昔の話だ。私もいろいろ苦労したからね。今は女性の能力を素直に認め、それに期待もしている。東子ちゃん、君の才能を認め、君にも期待してるんだよ」
と言って、チュン社長は、突然、立ち上がり、応接スペースから自分のパソコンデスクの方に歩いて行くと、何かを持って戻って来た。
「そこで君には、これをやってほしい」
チュン社長は何かを東子に差し出した。見れば、それは一冊の手帳だった。
「手帳だよ。実は今、私は、なろうサイトに『信の行く末』というファンタジー小説を書いててね、これも東子ちゃんと同じ、載せてても、ほぼ誰にも読まれない、という状況なんだ。おまけに、このファンタジー小説を書くにあたって、その書く過程を、いろいろな関連書籍も読んで、作家講座をやる予定だったんだか、それも挫折さ。だから、君にお願いしたいのは、リベンジなんだ」
「リ、リベンジですか」
と東子が半信半疑で答えると、
「そう、リベンジ。君には、これから作家になってほしい。君は人一倍勉強熱心で、世の中を良くしたいという志もある。そんな君に、作家として作品を書いてほしいんだ。そうすれば、作品が一つのリベンジであり、君が作品を書くまでの過程が作家講座のリベンジになる。それを、わが社の職能教育として君に課したいんだ」
この時点で、東子が理解したのは、
(とりあえず、首ではないみたい)
ということ程度だったが、そこで改めて、東子は手に取った手帳に目をやった。すかさず、チュン社長が言葉を続けた。
「そこで、この手帳だ。君、東子ちゃんは、これから、作家について学んだこと、作品について浮かんだアイデアなど、すべてをこの手帳に書いてほしい。毎朝、寝てる時に見た夢を書いておくのも、執筆の参考になるかもしれない。それに、幸いなことに、この会社には、ユニークなメンバーが揃っている。読男君、朝日君、それに萌ちゃんも、作家、作品について意見を求めれば、いろんな考えを示してくれるだろう。どうかな、東子ちゃん」
(とりあえずは、何でも手帳に書けばいいのね。それなら私にもできるわ。勉強にもなるし)
東子は、その場で立ち上がり、
「分かりました。やれるだけやってみます」
と言って、社長室を後にした。
星流東子、小説家になる チュン @thuntyan
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