てっぺんレーダー

たなべ

てっぺんレーダー

 近所の公園には、小さな森がある。その森の木の上にレーダーがあると誰かが話しているのを耳にしたのは、つい先日のことだ。


「てっぺんレーダーって言うらしいよ」

 散歩中に木を見上げている私の近くに居た五歳くらいの男の子が、木のてっぺんを指差して教えてくれた。

「そうなんだね、ありがとう」

 私はにこりと笑い、手を振ると、男の子はバイバイと言って少し先にいる母親のもとへと走って行った。


 私にも幼い子どもが居た。

 二歳の時に行方不明になり、見つからず、それから以降は妻も私も生きる意味を無くしてしまっていた。今も行方はわからない。


 この世界は自分の目に見えているだけで、実際の自分は本当には存在しないのではないか。それだけではなく、生きていると思っている現実自体が虚構なのかもしれない。そんな考えがこの十年間、ずっと頭に浮かんでは消えるのだ。

 今は私と同じ気持ちになる人を作らない。それだけを考えて生きていこうとしているのだが、果たして……。


 翌日の夕暮れ、私が森の中で日課の散歩をしていると、昨日出会った母親が顔色を変えて子どもの名前を呼んでいた。

「どうされたんですか?」

「子どもがいなくなって……」

「昨日もここで会ったお子さんですね」

「あ! そうです!」

 母親もどうやら私のことを思い出したらしい。

「一緒に探しましょう」

 そう言って辺りを見回すと、森の一番高い木の先がチカッと光った気がした。

「お母さん、あそこに居るかもしれません」

 私はすぐに目的の木まで走った。やはり居た。昨日の男の子だ。

「良かった!」

 母親が男の子に駆け寄り抱き締める。

「見つかって良かったですね」

「ありがとうございます!」

 母親は深々とお辞儀をしながらお礼を言った。

「今度から勝手に居なくなるんじゃないぞ?」

「ごめんなさい」

 男の子は迷子になった恐怖から一転、安堵したのだろう、母親に抱きついて泣きながら返事をした。


 てっぺんレーダーとはよく言ったものだ。

 本当に迷子に効き目があった。親と離れてしまった子に確かに反応した。散歩の時に常に見るようにしていたが、まさか人の役に立てるとは。しかも、こんなにもすぐに見つかるなんて。それがわかっただけでも救われる。

 私のこの十年間は決して無駄ではなかった。

 

 そのレーダーは私がつけたものだった。

 この森の全ての木の上に。

 あの子は見つからなかったけれど、噂になると言うことは、きっと私の知らないところでも、ちゃんと機能していたに違いない。

 目の前が滲むのを堪えながら、私は妻の待つ家に帰るために、薄暗くなった森を抜けた。

                                                

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

てっぺんレーダー たなべ @nuts_abe

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画