第5話 鏡越しの答え合わせ
浴室にはシャワーの熱気が充満していた。
湯気で白く曇ってしまった鏡を、晴香が手でキュッキュと拭っている。
その時、鏡の中の自分を見た晴香が「あっ」と声を上げた。
「大輝……これ」
晴香が指差したのは、彼女の鎖骨の下に残る紅い痕。
俺は背中からすっぽりと彼女を抱き寄せて、その痕にそっと指先で触れる。
「……あー、悪い。目立つな」
「悪いって顔してない! 確信犯でしょ」
「ああ、わざとつけた。他の男に行かないように、マーキング」
俺が囁くと、晴香は鏡越しに俺を睨み、それから吹き出した。
「バカだなぁ、大輝は。こんなことしなくても、どこにも行かないのに」
「あのさ……晴香って、俺のことどう思ってんの?」
俺が核心を突くと、晴香はくるりと俺の方に向き直り、真剣な目で言った。
「あのレストランね、実は二ヶ月前から予約してたの。……大輝と行きたくて」
「は?」
「普通に誘ったら、『なんでお前と行かなきゃいけないんだよ』って断られると思ったから……。
『もう予約してるのに一人だから一緒に来て』って言えば、優しい大輝なら来てくれるかなって」
俺は呆気にとられた。
俺が嫉妬していた相手は、最初から存在しなかったのか。
「……じゃあ、さっき言ってた『一番好きな人』って」
「やっと分かった? 目の前にいる、鈍感なあなたのことです!」
カッと顔が熱くなるのが分かった。俺の一人相撲かよ。かっこ悪すぎる。
けれど、晴香の瞳は真剣そのもので、少し潤んでいた。
「私ね、誰かと付き合ったって、結局大輝のこと考えちゃうの。そんな自分が嫌で……もし今日、大輝にその気がないなら、もうきっぱり諦めて終わりにしようって思ってたんだ」
その言葉に、胸が締め付けられた。
晴香も、苦しんでいたんだ。俺と同じように。
「ねえ、覚えてる? 中学の時、私が川島くんに告白された時のこと」
「……ああ」
「大輝、『よかったな。あいつなら大事にしてくれる』って背中押してくれたよね」
そうだった。
あの時の俺は、晴香と友達関係が壊れるのを恐れていた。
だから、晴香を傷つけず“いい友達”でいることを選んだんだ。
「あの時ね、本当は私、大輝に告白しようと思ってたんだ。なのに、大輝に背中押されちゃって……。ああ、大輝にとって私って恋愛対象じゃないんだ、振られたんだって思って大泣きしたんだよ?」
信じられない告白だった。まさか、あの時、晴香も俺を想ってくれてたなんて。
十年分の答え合わせが、俺の心を揺さぶる。
「ごめん…俺、全然気づかなくて。俺ら、ずっと前から両想いだったんだな……」
十年間、俺たちは互いに片想いをこじらせていただけだったらしい。
俺はたまらなくなって、濡れたままの彼女を強く抱きしめた。
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