第10話 会社を辞めた男、探索者になる

遠藤紘一は、オフィスの薄暗い蛍光灯の下で最後の退職届に判を押した。数年間耐え抜いたブラック企業との決別。長年の残業、理不尽な上司、休日出勤……全ての苦悩が、今、紙切れ一枚で終わる。胸に湧き上がるのは、安堵と覚悟。


「これで、俺は自由だ……」


その言葉を口にした瞬間、遠藤の視線は自然と、街に忽然と現れたダンジョンへ向いた。地面から生えるように立ち上る光の柱。これまで会社に縛られ、足を踏み入れることすら許されなかった未知の空間が、今、彼を呼んでいる。


ダンジョン入口の前に立つ遠藤は、深呼吸をひとつして、社畜時代に培ったスキルを思い返した。「社畜適応」「怒り覚醒」「マルチタスク能力」……この能力の数々は、ブラック企業での無駄と思われた日々の産物だ。だが今、それが彼を強くする武器になる。


入口を踏み越えた瞬間、ひんやりとした空気が肌を撫で、暗闇の中にわずかな光が揺らめいた。深層ダンジョン――未知と危険の世界。

最初に立ちはだかったのは、影のように素早く動く怪物だった。

「うっ……!」

体が反応する。怒り覚醒のスキルが瞬間的に発動し、手元の武器が光を帯びる。社畜時代の長時間労働で鍛えた耐久力が、敵の攻撃をものともせず受け止める。


「生きるためには……考えろ、動け、同時に複数の判断を……!」

マルチタスク能力を駆使し、攻撃、防御、回避を同時に処理。怪物は唸りを上げて退き、遠藤はその隙に奥へと進む。


迷路のような通路、落とし穴、突然現れるトラップ。だが遠藤の目は冷静だ。危険察知、深層探索術――これまでの経験がすべて、彼を守る盾となる。

途中で出会った仲間探索者と軽くアイコンタクトを交わし、自然に連携を取る。もはや彼は、社畜ではない。自由を手に入れた探索者だ。


暗闇の先に、巨大な影が蠢く。最深部のボス。

「さあ、来い……俺はもう、会社の鎖には縛られない!」

怒り覚醒の力を全開にし、遠藤は仲間と共に立ち向かう。社畜として耐え忍んだ日々は、今、戦闘力として彼に返ってきたのだ。


一撃ごとに心の鎖が砕け、自由な選択の中で、遠藤紘一は真の強さを手に入れる。

ダンジョンの奥深く、光と影の交錯する空間で、彼は初めて「自分の人生を生きる」という実感を得た。会社を辞めた男は、もはや探索者。新しい物語が、ここから始まる――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ブラック企業のサラリーマン、現代ダンジョンに挑む 塩塚 和人 @shiotsuka_kazuto123

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ