第4話 獲得スキル『社畜適応』

ダンジョンから出た瞬間、遠藤はその場に座り込んだ。


「……つかれた」


声に出してみて、ようやく実感が湧く。

全身が重い。足は笑い、肩は石みたいだ。


それでも。


――会社帰りより、マシやな。


その事実が、一番怖かった。


「遠藤紘一さんですね」


防護服姿の職員が、淡々と声をかけてくる。


「怪我は?」


「……たぶん、ないです」


「たぶん、は困りますが。では、こちらへ」


誘導されるまま、簡易テントへ。

椅子に座らされ、タブレットを渡された。


【探索結果確認】


画面が切り替わる。


【討伐数:0】

【生存時間:規定クリア】

【探索貢献度:低】


「……まあ、ですよね」


何も倒していない。

逃げ回っただけだ。


だが、次の表示で、遠藤は眉をひそめた。


【新規スキル獲得】


【社畜適応(パッシブ)】


「……社畜?」


思わず、職員を見る。


「すみません。これ、どういう……」


「ああ、それですか」


職員は、どこか気まずそうに咳払いをした。


「精神・疲労耐性系のスキルですね。

 取得条件は……長期間の高ストレス環境への適応」


「……それ、会社ですわ」


「ええ、まあ」


否定は、されなかった。


職員が説明を続ける。


「疲労や睡眠不足による能力低下を抑制します。

 長時間活動時、持久力と精神力が緩やかに上昇します」


「……強い、んですか?」


「序盤では、あまり評価されません」


はっきり言われた。


「派手な攻撃スキルではありませんし、

 短期決戦型の探索者には向かないですね」


――でしょうね。


会社でも、評価されたことはない。


「ただ」


職員は、少しだけ声を落とした。


「このスキル、取得者が極端に少ない」


「少ない?」


「ええ。条件が……きついので」


遠藤は、乾いた笑いを漏らした。


「そらそうでしょうね。

 普通、途中で辞めますわ」


職員は、何も言わなかった。


---


着替えを終え、簡易ロビーに出る。


他の探索者たちが、報酬の説明を受けていた。


「ゴブリン一体で、これだけ?」

「医療費引いたら、赤字じゃね?」


不満と不安が、そこかしこに漂っている。


遠藤も、自分の端末を見る。


【初回探索報酬】

【生存ボーナス:¥30,000】


「……三万」


思わず、呟いた。


たった一日。

命がけ。


それで、三万。


安い。

安いが――


――会社より、マシや。


残業三十時間分。

いや、それ以上だ。


しかも、ちゃんと払われる。


「……ほんま、何やねん」


笑いとも、溜め息ともつかない音が出た。


その時、スマホが震えた。


会社のチャット。


『今日は来ないの?』

『連絡くらいしてよ』

『社会人としてさぁ』


遠藤は、画面を見つめ、静かに電源を切った。


今は、考えたくない。


---


帰りの電車。

座席に座ると、身体が一気に沈んだ。


だが、不思議と眠くならない。


――疲れてるはずやのに。


頭は、妙に冴えていた。


【社畜適応:発動中】


ふと、視界の端に文字が浮かぶ。


「……常時、なんかい」


苦笑する。


――会社でも、常時発動してたんやろな。


それを“才能”として評価される世界。


「ほんま、皮肉やで」


窓に映る、自分の顔を見る。


クマは濃い。

顔色も良くない。


それでも。


目だけは、少し違っていた。


――生き残った。


それだけで、今日は十分だ。


遠藤は、ゆっくりと目を閉じる。


次にダンジョンへ行く日を、

頭のどこかで、もう計算している自分に気づきながら。


ブラック企業で鍛えられたのは、

我慢じゃない。


――続ける力だ。


それが、この世界で

どんな値段を付けられるのか。


遠藤紘一は、まだ知らない。

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