地球丸ごと召喚されたら太陽と月が消えて滅亡寸前なんだが? 〜宇宙を消した最強ヒロインのミスを、俺の天文学知識で修正(ハック)して人類を救う〜【短編】地球召喚[AI改訂版]

なつきコイン

本編

1.覗きは犯罪よ、と言われましても。

「……嘘だろ。月が、消えた?」

 深夜の静寂を切り裂いたのは、俺の独り言だった。


 夜気の冷たさも、深夜という時間帯への配慮も、今の俺にはどうでもよかった。


 手元にあるのは、愛用の7×50口径の双眼鏡。

 天体観測において、広視界を確保しつつ星々の輝きを肉眼以上に鮮明に捉えてくれる、俺の相棒だ。


 つい数分前まで、俺はそのレンズ越しに、月面のクレーターの陰影や、プレアデス星団の青白い瞬きを追いかけていた。

 それは、何物にも代えがたい静寂と至福の時間のはずだった。


 だが。


 空に突如として現れた、眩いばかりの幾何学模様。

 それが巨大な網のように天を覆ったかと思うと、次の瞬間、俺の愛する満天の星々は、まるで書き損じを消しゴムで消されたかのように一掃された。


 代わりに居座ったのは、暗黒の虚空。

 そして、月があったはずの場所に浮かぶ、物理法則をあざ笑うかのような巨大な「浮遊大陸」だった。


「なんだよ、あれ……。どうなってるんだ」

 震える手で双眼鏡を、その未知の物体へと向ける。


 倍率7倍の視界に飛び込んできたのは、クレーターでも星雲でもなかった。

 断崖絶壁に囲まれた大地。

 そこには、地球のどんな建築様式とも異なる尖塔が立ち並び、窓からは魔術的な、それでいて温かみのある灯りが漏れている。


「街……? 人が、住んでるのか?」

 夢中でレンズを動かし、その細部を覗き込もうとした、その時。


「こら! 熱心なのは結構だけど、覗きは犯罪よ?」

「うわっ……!?」

 心臓が跳ね上がった。


 背後に誰かが立つ気配なんて微塵もなかった。

 慌てて振り返ると、そこには夜の闇を黄金色に塗り替えるような、透き通った金髪の美女が立っていた。


「……美しい」

 思わず零れた言葉は、彼女に向けたものか、それとも彼女が纏う異質な空気感に向けたものか。

 月の光を吸い込んだような白い肌。整いすぎた鼻筋。そして、深い夜空を閉じ込めたような瞳。


 だが、俺はすぐに正気を取り戻した。ここは俺の家の庭だ。

「……じゃなくて! 誰だ、あんた! どこから入ってきた!」

「私? 私はアルテミス。アルテって呼んでくれていいわよ。で、君は?」


 まるで近所の住人に挨拶するような軽さで、彼女は微笑む。

 そのあまりのペースに飲まれ、俺は反射的に答えてしまった。

「……アキトだ」


「そう、アキト。さっきも言ったけど、覗きはダメよ。止めなさい」

「覗きじゃない! 俺は天体観測をしていたんだ。空にあんな不気味なものが現れたら、誰だって確認するだろ!」

 俺は必死に、中天に浮かぶ巨大な質量——浮遊大陸を指差した。


 かつてそこにあったはずの、慣れ親しんだ北極星もカシオペア座も、今はもう見えない。


「不気味なんて失礼ね。あれはレムリア大陸。私の故郷よ」

「レムリア……? アルテ、お前、まさかあそこから来たのか?」

「そうよ」

「宇宙人……なのか?」


 もしそうなら、この状況も少しは納得がいく。UFOの母船が浮遊大陸の形をしているだけかもしれない、と。


 だが、彼女は不満そうに頬を膨らませた。

「宇宙人? 失礼ね。私はレムリア王国の誇り高き大魔術師よ」

「大魔術師……? 宇宙人じゃなくて、異世界人かよ!」

 俺の唯一の趣味である科学的な天体観測が、一気にファンタジーの波に呑み込まれていく。


 だが、彼女の放つ圧倒的な存在感と、空に浮かぶ現実離れした光景を前に、否定する言葉が見つからなかった。


「アキトから見れば、そうなるわね。私から見れば、あなたたちが異世界人だけど。……まあ、それはいいわ」

 彼女はそこで一度言葉を切ると、いたずらっぽく笑った。


「それで、アルテ。お前は何をしに地球へ来たんだ?」

「それ、逆なのよね」

「逆?」

「私がここに来たんじゃなくて、アキトが私たちの世界に召喚されたのよ」


 ……なるほど。

 やはりこれは夢だ。月を見ながら、観測椅子に座ったまま寝落ちしてしまったに違いない。


 話に矛盾が出てきた。

 ここが俺の庭である以上、俺がどこかに飛ばされたなんてあり得ない。


 俺はこの「夢」を終わらせるべく、冷徹に矛盾を突くことにした。

「そんな馬鹿な話があるか。見てろ、ここは俺の家の庭だ。家も、門扉も、さっきから一歩も動いちゃいな……――ッ!?」

 言葉が、喉の奥で凍りついた。


 振り返った俺の目に飛び込んできたのは、見慣れた我が家の外壁。

 だが、そこには本来あるはずのない、装飾過多なほど豪華な「石造りの扉」が、まるで最初からそこにあったかのように増設されていた。


「な、なんだよ……あの扉! あんなもの、さっきまでなかったぞ!」

「ああ、あれ? 『ゲートの扉』よ。上——レムリアと繋がっているの」

 アルテは、自慢のコレクションを紹介するかのように、豊満な胸を張ってドヤ顔を決めた。


「二点間を接続する高次魔道具。これがあれば、わざわざ空を飛ばなくても一瞬よ」

 魔法。召喚。浮遊大陸。

 俺が知っていた物理法則が、音を立てて崩れていく。

 双眼鏡で覗いていた「遠い世界」が、今、俺の家の壁にまで侵食してきている。


「そんなことより、アキト。ここが召喚の特異点のはずなんだけど……勇者を見かけなかった?」

「勇者……? まさか、俺は勇者召喚に巻き込まれたのか?」


 よくあるネット小説のような展開を口にすると、アルテはさらに満足げに頷いた。

「察しがいいわね! でも安心して。アキト一人だけを連れてきたわけじゃないから、地球丸ごと召喚しておいたから!」

「……地球、丸ごと?」


「そう! 凄いでしょ? 私一人でやったのよ!」

 自信満々に胸を突き出すアルテ。


 だが、俺の頭の中は、今、彼女の背後に広がる「失われた星空」への絶望でいっぱいだった。

 地球丸ごと召喚。

 それは、俺の愛した宇宙との永遠の決別を意味していた。



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地球丸ごと召喚されたら太陽と月が消えて滅亡寸前なんだが? 〜宇宙を消した最強ヒロインのミスを、俺の天文学知識で修正(ハック)して人類を救う〜【短編】地球召喚[AI改訂版] なつきコイン @NaCO-kaku

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