第3話

 目の錯覚かもしれないが、彼女が自身の名を名乗った直後、後光が差したように見えた。そう、それはまるで神様のような……。


「お、おぉ……!? 何というお美しい名前! ユーズレイハ様! やはりあなた様は正真正銘の女神様なのですね!」


 相変わらずテンションの高い相沢はさらに熱を上げている。


「ふふ、わたくしは『姫神』と呼ばれておりますわ」

「『姫神』! まさにお美しいあなた様にピッタリの二つ名です! いいえ、その名すら霞むほどのお方かと!」

「あら、そこまで持ち上げてくださり感謝の極みですわね」

「こちらこそ感謝しております! こうしてあなたに出会えたことを! あ、申し遅れました! 僕の名前は相沢将史と申します! どうぞ将史とお呼びください!」

「承知しましたわ、マサシさん。では、そろそろ本題へと入りましょうか」


 相沢の鳴らす太鼓に気を良くしたのか、上機嫌そうなユーズレイハは、その視線を風和たちへと向ける。


「わたくしが皆様方を召喚した、その理由は――」


 ゴクリと誰かの喉が鳴る。そんな中、ユーズレイハの紅が引かれた唇が動く。


「――――――――人の世を取り戻すこと」


 その言葉に、風和含めてここにいる全員が各々差こそあれ驚きを露わにした。


「人の世を……? それってどういう意味なんです?」


 聞き返したのは相沢ではなかった。それまで黙って見守っていた男子生徒――八乙女波斗やおとめなみとである。彼は文武両道を地で行く才人で、その見た目も男性アイドル顔負けといってもいいほど整っている。


 教師や生徒たちからも評判は高く、彼が入っているバスケ部では一年からエースとして人気を博しているのだ。

 またクラスでは常に中心に立って皆を引っ張るリーダーという役目も担っている存在。相沢が暴走している最中でも、彼は冷静に二人のやり取りを見つめて思考を回転させていたようだ。


「言葉のままですわ。この世界――【アヴミル】は、亜人によって支配されていますの」

「亜人……ですか。それに支配って……」

「端的に説明するならば、皆様方のような人間が、そうでない者たちによって虐げられているということですわ。コレを――」


 ユーズレイハが杖を掲げると、その先の玉から光が伸びていき、その光が宙で広がり映像のようなものを映し始めた。

 そこに見えたものは、風和たちと変わらない人間たちが住まう村。人々が日常を送っている穏やかな風景である。しかし次の瞬間、突如村のあちこちから爆発が起き、人々が慌てふためく。


 同時に現れたのは、明らかに人ではない存在だった。ゲームや漫画で見たようなゴブリンやオークに似た者たちが次々と現れては人間たちを襲っている。

 逃げ惑いながら悲鳴を上げる人間たちに対し、愉快そうに笑いつつ弄ぶように人間を殺していく異形なる者たち。


 そんな光景を見て、風和は思わず口元を手で覆い目を瞑ってしまう。他の者たちも「嘘だろ」……、「酷い……」、「悪魔じゃん!」などとそれぞれ思いを吐露している。実際残酷過ぎる光景だった。

 大人だけではない。子供や老人まで関係無く、命乞いなど聞く耳を持たず殺した。


「この光景は三日前に【シム】という村で起こったものですわ」

「!? ……こんなことが本当に?」


 まだ疑いがあるのか、波斗は問い質すようにユーズレイハを見た。するとそれに応じる感じで、他にもいろいろ映像を見せ始めた。そのどの映像にも、人間たちが酷い目に遭うものばかりが映し出されている。


「亜人にとって、世界とは弱肉強食。弱いものは強い者に従うしかないのですわ。そして残念ながら、人間たちの多くは亜人よりも弱い……遥かに」

「こんなのっ……許されていいわけがない! 弱いからって虐げられていいわけないじゃないか!」


 そこで初めて怒りを露わにする波斗。そんな彼の感情に触れたせいか、彼を慕っているクラスメイトたちもまた賛同するように頷いている。


(亜人……つまりはモンスターってことなのかな?)


 外見上では、ゲームなどに出てくるモンスターに似通っている。映像でしか情報はないが、確かに彼らと人間たちとでは身体的に多くの開きがあるように思われた。

 こん棒らしき武器で頭部をあっさりと破壊されたり、凄まじい握力で身体を握り潰されている者もいる。とても人間業ではない。明らかな種族による力量差が見られた。


「これでお分かりでしょう。この世界の人間たちでは奴らには敵わないのです。最も中には例外もいますが、そんなものは本当に数えるほど。とても亜人すべてに対抗できるとは思えませんわ。それに亜人の中にも突出した存在が確認されており、最早人の世が終末を迎えるのは時間の問題というわけですの」

「っ……この世界の人たちが苦しんでいることは理解できた。でも、俺たちだって普通の人間だ。とてもじゃないが、あんなバケモノと戦えるわけがない」


 波斗の言葉にほぼ全員が頷きを示す。当然だ。日本で普通の学生をしていた者たちなのだ。たとえ格闘技が得意だとしても、あんな隔絶した力を持つ存在に通じるとは思えない。


「あなたは人の世を守るために俺たちを召喚したって言った。それってあのバケモノたちを倒せってことだろう? ハッキリ言うけど、それは無理だ。力の差があり過ぎる」

「……ご安心を。異世界から召喚された者は、ほぼ例外なく強い魔力と適性を合わせ持ちますの」

「お、おおぉぉぉぉっ! キタキタキタァァァァッ! 魔力っ! ということは、僕たちは魔法を使うことができるってことですねっ! つまりリアルチートォッ!」


 ようやく静かにしてくれたかと思ったら再燃した相沢。


「ふふ、りあるちぃとというものが何かは分かりませんが、皆様方に特別な力が宿っているのは事実ですわ」


 その言葉により、相沢は興奮度を増し、他の生徒たちもざわつき始めた。中には興味があるのかそわそわしている様子を見せる者もいる。かくいう風和もどちらかというと興味が無いわけではない。

 何せ、異世界ファンタジーの力だ。誰だって子供の頃から憧れたことはあるだろう。


「ただ、その力は魔法……ではありませんの」

「え……えぇっ!? ち、違うのですか!? 魔力なのにぃ!?」

「はい。かつては魔法使いと呼ばれた者もいましたが、神秘なるその力を行使できる者は、時代が進む度に減っていき、今ではゼロに等しいですの」

「そ、そんなぁ……で、では女神様、僕たちに宿った力というのは一体どういったものなんでしょうか?」


 魔法が使えないという事実に消沈している相沢だが、それでも期待を込めた瞳をユーズレイハに向けている。そんな彼に対し、ユーズレイハは優し気に笑みを浮かべて答えた。


「――――〝魔導宝具〟。通称〝アーティファクト〟と呼ばれるアイテムを扱える能力ですわ」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

メダルの魔法使い ~隣のクラスに巻き込まれて異世界へと~ 十本スイ @to-moto

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画