第1話

 次に視界に飛び込んできたのは、辺り一面に広がる荒れ果てた大地だった。


「こ……ここは?」


 周囲を見回していても草木一本生えていない。地面も死んだように乾いており、ところどころに亀裂が走っている。

 大小様々な岩は点在しているが、生命の息吹が何一つ感じられない。空を見上げると、そこには黒雲で覆われた暗黒模様が支配している。加えて雷鳴のような音と光が時折発生していた。ここはまさに死の大地。そう直感できた。


(……とりあえず一旦落ち着こう。まずは自分の身に何が起きたのか振り返るんだ)


 不安と恐怖による胸のざわつきを何とか抑えつけ、少し前の出来事を思い出す。

 そうして最後に起こった奇妙な現象を記憶から引っ張り出した。


(突然現れたあの魔法陣みたいなやつ……間違いなくアレのせいでこうなってる)


 つい先ほどまでは、隣のクラスではあるが学校の教室内にいた。周囲にはそのクラスで学ぶ生徒たちがいたのは確か。そして自分と同じように、あの魔法陣の輝きの上に立っていた。


 そこから気づけばここにいたということは、信じたくはないが、あの魔法陣の効果で、どこから見知らぬ大地に飛ばされたと見るべきだろう。

 昨今、異世界転生や転移系のアニメが流行っているが、その中には日映のようなパターンの話もあった。


(ならマジでここは異世界ってことか? いやそんなはずが……)


 無いとは思いたいが、ならばここはどこで、どうやって自分がここに来たのかと言うことになる。

 そこでハッとしてスマホをポケットから取り出して確認してみた。


「……ネットは通じない、か。なら電話は……」


 家で仕事をしているであろう母親に向けて通話を試みた……が、通例の文言である電波が通じていないという事実を知る。

 何度か試してみても、状況が好転するようなことはなかった。


「はぁ…………参ったなぁ」


 ボリボリと頭をかきながら周囲を再度見回す。代わり映えのしない荒野だけの光景だ。


「もしかして実はここは地獄だったとか?」


 あの魔法陣みたいなのは、たまたまそう見えただけで、実際は直下に爆弾が仕掛けられていて、その爆発時に起きた光がそう見えたとか。自分は死んでしまい、ここが地獄だということ。


「ちょっと苦しい推察だな。それに痛みもちゃんと感じられるし……妙な現実感もある」


 空気感としか言いようがないが、ここは現実で確かに存在している世界なのだと何となく伝わってくるのだ。

 ならこれからどうしたものかと思っていると、不意に何かに呼ばれた気がした。


(……今、声が聞こえたような)


 雷鳴の音ではなく、人の声のようなもの。

 勘違いかと眉を潜めつつ黙していると、再び声が聞こえた。


「!? 今度こそ聞こえた! …………あっちか?」


 何をしていいか手がかりすらない状況だ。ここは藁にも縋る思いで、微かに聞こえてくる声に従い歩き出す。

 するとその先にあったのは――巨大な岩。いや、そんな言葉では足りないほどの大きさだ。高さも幅も百十メートルはあろうかという規模。ちょっとした山である。

 しかしそんな岩山から……正しくはその中から、日映を呼ぶ声が聞こえてくる。


「一体この声は……っ!?」


 ざらついている岩壁に触れて確かめていると、「ん?」と違和感に気づいた。そこには明らかに自然物ではないモノが埋め込まれるような形で存在している。


「これは……コイン? いや、メダル……か?」


 それは円形状で銀色をしており、一見この世界の通貨かと思ったが、そこに描かれたデザインで、どちらかというとメダルっぽいと感じた。

 何故ならそのデザインは、『扉』という文字をデフォルメ化したようなものだったから。


「日本語……こんなもんがあるってことは、ここは日本ってことか?」


 なら何故電波が通じないのかとか、こんな広大な荒野がある場所なんて日本にあるのかとかいろいろ疑問は浮かぶ。

 少し警戒しつつ、そのメダルにそっと触れてみた。


 すると突如として、メダルが眩い輝きを放ち始め、それと同時にメダルを中心に縦に亀裂が走り、まるで両開きの扉のように静かに開いたのである。


「………………どういう原理なんだ?」


 明らかに異常とも言える力が働いた結果だろう。これが電子機器などで作られた人工的な扉なら分かる。しかし眼前の岩は、どこをどう見ても岩にしか見えない。科学が入り込んでいる様子など微塵も見受けられなかった。

 そう、それはまるで魔法のような現象に、日映は少しの間立ち尽くしてしまっていた。

 だが、再び例の声が聞こえてくる。間違いなく開いた扉の奥から。


(……ここでひよってても仕方ない、か)


 躊躇するものを感じつつ、それでも意を決して奥へと足を踏み入れる。真っ暗闇かと思いきや、日映一人余裕で通れるほどに開けられた穴の壁には幾つもの光があって道を照らしていた。


 しかもその照明をよく見ると、先ほどのメダルと似たものが埋め込まれている。似ているという理由は、『光』と書かれているのではなく、光を表したような図が描かれているからだ。ちなみに材質も違うのか、色が銅色である。


「変わったメダルがいろいろあるってことか。もしかしてこういうのがありふれた世界なのか?」


 実際日本……いや、地球にこんなアイテムは無い。まあ作ろうと思えば、光のメダルならあるいはと思えるが、扉のメダルに関してはどういう原理を注ぎ込めばああなるのか見当もつかない。

 ただ、照明のお蔭で迷うことなく先に進むことができているのは感謝だ。


「今度は階段か」


 地下に降りるようだが、益々不気味さを増していく。さすがにここまで来て引き返すつもりはもうないが、先ほどから声に近づく度に胸がざわつくのを感じる。

 この感覚を言葉で説明するなら、共鳴している……だろうか。

 下にあるものから発されるナニカによって、日映の胸の奥が高鳴っている。


 そうして階段を下りた先にあったのは、これまた一つの扉。こちらは岩ではなく、木造らしき扉である。


「……よし、行くか」


 扉の前で深呼吸をして覚悟を決めてから、扉を右手で押す。 

 ゆっくりと、だが確実に開いていく扉の奥から明かりが漏れてくる。


 そして扉が開き切って現れた光景に息を飲んだ。

 本や巻物などの資料で埋め尽くされた書斎のような場所。

 言葉にすれば簡単だが、そこはまさに異様としか言えない空気が漂っていた。


 何故こんな何もない荒野の巨大岩の地下に書斎を?


 これを見れば誰もが思う疑問が、当然日映の脳裏にも過ぎった。

 窓はなく、部屋の広さは二十畳ほどだろうか。壁には沿うようにして立て続けに本棚が並べられている。しかも部屋が円形状なのも異様さを助長していた。


 中央には一つのテーブルと椅子が設置されていて、他には何も目ぼしいものはなさそうだ。読書にうってつけの場所ではあるが、ハッキリ言って活用法はそれのみに限定されそうである。

 もちろんゲーム機器などを持ち込めば、という例外を除くが。


「一体ここは……?」


 生活感のない部屋の周囲を見回しながら、中央にあるテーブルへと向かう。


「? ……これは」


 テーブルの上に視線を向けると、そこに一切の模様が無い一冊の白い本が置かれていることに気づいた。そしてそんな本の上にあったのは、これまたメダルである。


「……またか」


 ただそのメダルを見て気づいたことは、これまで二種類ほど見たメダルとも異なっていること。他と違い、組紐らしきものが繋がっていること、それと大きさにそれほど違いはないと思うが、明らかに異質なのは材質であろう。


 『光メダル』は〝銅色〟。『扉メダル』は〝銀色〟。


 そして本の上に置かれたメダルは――――〝金色〟。


(銅に銀と……三つ目は金ときたか。まるで大会の記念品みたいだな)


 地球だとその価値は下から、銅、銀、金となるが、この世界でもそれは同じなのだろうか。


「しかもまたデザインが変わってる。こっちは……人?」


 そこに描かれているのは、フードで顔は隠れているが、トレンチコートのような長い外套を纏った人型の図。そんな人型の周囲には、メダルらしき円形状のものが幾つも浮かんでいる。


「一体誰をモチーフにしてるんだろうな。ただまあ、精巧な造りではあるけど」


 事細かな描写であり、コレを作った者の技術の高さが窺える。以前柔道でオリンピックに出場し金メダルを獲得した知り合いから、そのメダルを見せてもらったことがあった。

 その造形美を見た時と同じような感動が込み上げてくる。

 当時のことを思い出し、少し興奮しつつ本の上に置かれたメダルを手に取った。


 すると一瞬にして目の前が真っ白になり意識が飛んでしまったのである。





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