02 魔女
「失礼だなー! わたしは魔物なんかじゃないよ!」
ステラがぷんすか怒ると、黒髪の美しい女性は「ははん」と鼻で笑った。
「それじゃあ、そのケッタイな姿は何なのさ? 見るからに、まともな人間ではないよねぇ」
魔法少女たるステラは、髪も瞳もスカイブルーにきらめいているのである。なおかつ魔法少女の正装たるフリフリのコスチュームも、この荒涼たる世界には如何にも不似合いであった。
「あー、確かにこれは、変身した姿なんだけど……でもでも、人間なのは本当だから!」
「ふん。それじゃあ、どこの生まれなのさ? あたしの知る限り、そんな姿をした種族は帝国の領土に存在しないはずだよ」
「わたしが生まれたのは、日本の千葉県だよ! ……って言っても、通じないのかなー? ここは異世界みたいだもんねー」
「まったくもって、わけがわからないねぇ。やっぱり、始末するしかないか」
三名の女性の間に、不穏な気配がたちのぼる。
すると、リューリが大慌てで声をあげた。
「ま、待ってください! この人は、わたしを助けてくれたんです! きっと悪い人ではありません!」
「ふふん。まあ、魔女より悪い人間なんて、この世には存在しないんだろうねぇ」
リューリはとたんに不安げな顔になり、三名の女性を見回した。
「あ、あなたたちこそ、何者なんですか? その格好は、まるで……」
「そう。あんたと同じ、魔女だよ。あたしは束ね役の、ミルヴァってもんさぁ」
その返答に、リューリは愕然と目を見開いた。
「や、やっぱりそうだったんですね。まさか、町を追放された魔女が三人も生き残っているなんて……」
「新入りを出迎えるには、三人で十分さ。里では、百人の魔女があんたを歓迎する準備をしているよぉ」
「ええ!? ひゃ、百人もの魔女が生き延びているわけがありません!」
すると、ステラが「あのー」とおずおず挙手をした。
「わたしはひとり、置いてけぼりなのです。ずばり、魔女とは何なのでしょう?」
「それを知らないってことは、やっぱり帝国の人間じゃないってことだねぇ」
「うん! もしよかったら、魔女について教えてもらえないかなー?」
ステラが両手を合わせてお願いすると、ミルヴァなる女性は傲然と腕を組んだ。
「魔女ってのは、生まれつき魔法が使える人間のことさ。それでこのクソッタレの帝国では、魔女はすぐさま処刑されちまうんだよ」
「処刑? 追放ではなく?」
「こんな荒野に身ひとつでほっぽり出されたら、普通は死ぬしかないんだよ。……ま、あたしはそれでも生き抜いてみせたけどねぇ」
と、ミルヴァはいっそうの怨念を燃やしながら、にたりと微笑んだ。
「それであたしは十年がかりで、百人ばかりの魔女を救い出したってことさ。理解できたかい、水色頭?」
「うん! でもでもどうして、魔女は追放されちゃうの?」
「迂闊に魔女を処刑しようとしたら、どんな魔法が暴発するかもわからないからねぇ。だったら荒野にほっぽり出して、魔物のエサにしちまえばいいって考えに行き着いたんだろうさ」
「いや、そもそもどうして処刑されなくちゃいけないの?」
「魔法は選ばれた人間の特権だって決められてるからだよ」
ミルヴァの言葉に、残る二人も怨念をみなぎらせた。
「貴族の連中は、洗礼を受けることで魔法を使えるようになる。それで、その魔法の力で世界を支配してやがるのさ。生まれつき魔法が使える人間なんてのは、そういう連中にとって邪魔にしかならないってわけだね」
「それは、ひどい話だねー! そんな考えは、間違ってるよ!」
「でも、部外者のボクたちに文句をつける資格はないからね」
ステラの肩に乗ったジェジェがいきなり発言すると、ミルヴァたちは気色ばんだ。
「なんだい、そいつは? あんた、やっぱり魔物だね?」
「ちがうちがーう! もー、なんでジェジェがしゃべっちゃうの? 人前ではぬいぐるみのふりをする約束でしょー?」
「だってここは、管轄外の世界だからね。何も困ることはないさ」
「わたしが困るんだってばー! ……いやあの、ほんとに魔物とかではないから! ジェジェは、頭のいいウサギさんなの!」
「正確には、宇宙の調和を管理する銀河管理局の特別派遣調停官だね。まあ、今は隠居の身だけどさ」
ステラの頭に頬杖をつきながら、ジェジェはつぶらな瞳でミルヴァたちを見回した。
「ボクにはかまわず、話の続きをどうぞ。異世界の文化について学ぶというのも、老後の趣味としては悪くないみたいだからね」
「……得体の知れない連中だね。こんなやつらは、さっさと始末するべきだよ」
女性のひとりがそんなつぶやきをこぼすと、ミルヴァは探るようにステラの姿を見据えた。
「あんたは風の魔法で空を飛び、水の魔法で火の魔法を打ち消した。魔物じゃなければ、異国から流れてきた魔法士ってことか」
「うん! それが一番、近いかな! 魔法士じゃなくて、魔法少女だけどね!」
「帝国の連中は、あんたみたいな存在を決して許さないだろう。ってことは……敵の敵は味方だって言えるかもしれないねぇ」
女性のひとりが、「ちょっと!」と声を張り上げた。
「まさか、こんなやつを仲間に引き入れようっての?」
「複数の属性の魔法を使いこなせるなら、なかなかの戦力になりそうだからねぇ。……どうだい?」
ミルヴァの問いかけに、ステラは「うーん!」と考え込む。
「部外者のわたしは、あんまりこの世界に干渉しないほうがいいみたいなんだよねー! もしもわたしがあなたたちの仲間になったら、その後はどうするの?」
「決まってるだろ。このクソッタレな帝国を、ぶっ潰すのさ」
その言葉に、リューリが「ええっ!?」と立ちすくんだ。
「そ、そんなことは不可能です! たった百人で帝国を打倒するだなんて……」
「だったらあんたは、一生こそこそと隠れて生きるつもりかい? あたしたちが真っ当な人生を取り戻すには、帝国をぶっ潰すしかないんだよ」
ミルヴァはにんまりと笑いながら、手を差し伸べた。
「あんたは、火の魔法を扱えるんだろう? そいつは、立派な戦力だ。手始めに、あんたを追放した町から丸焼きにしてやろうじゃないのさ」
「そ、そんなことできません! 町には、わたしの家族も住んでいるんです!」
「だけどそいつらも、あんたを救おうとしなかった。そんな連中に、情けをかける必要はないさ」
「……だってそれが、帝国の掟なんです。誰だって、掟には逆らえません」
びしょ濡れの姿で新たな涙をにじませながら、リューリはそう言った。
するとステラが、とびっきりの笑顔でリューリの手を握りしめる。
「わたしは、あなたに賛成だよー! どんなに理不尽な世界でも、まずはルールの中でどうにかしなくっちゃね!」
「へえ……あんたは、帝国の側につくってわけかい」
ミルヴァの黒髪が風にあおられたように、ざわざわと蠢く。
ステラは笑顔のまま、「ううん!」と首を横に振った。
「ルールそのものが間違ってるなら、修正しなくちゃね! でも、武力を行使するのは最後の手段だよ! わたしは、正義と秩序を守る魔法少女だからさ!」
「この世には、正義も秩序もありゃしないんだよ。……くたばりな」
ミルヴァは口の中で呪文を詠唱しながら、右腕を振りかざした。
天空に突きつけられた指先を中心に、ごうごうと風が渦を巻く。やがてそれは、人の身よりも大きな竜巻と化した。
「風の精霊よ、我にひとしずくの恩恵を……猛き翼を牙と化し、敵を喰らえ!」
最後は裂帛の気合で詠唱して、ミルヴァは右腕を振り下ろした。
巨大な竜巻が、うなりをあげてステラに襲いかかる。
ステラは「ひゃー」ととぼけた声をあげながら、魔法のステッキを眼前にかざした。
ステッキの先端から、青く輝く魔法陣が浮かびあがる。
巨大な竜巻はその魔法陣に激突すると、跡形もなく消滅した。
「すごいすごーい! 風を操る『
「うん。星の力を精霊に見立てて、魔法の術式を組み立てているみたいだね。まあ、宇宙線の膨大なエネルギーを魔力の源にしているキミの敵ではないだろうけどさ」
ステラとジェジェが呑気に言葉を交わしている間に、残りの二名も竜巻の魔法を発動させた。
しかしステラがくるりとターンを切りながらステッキを振りかざすと複数の魔法陣が生まれいで、すべての竜巻を霧散させる。そのありうべからざる光景に、三人の魔女たちは愕然とした。
「詠唱もなしに、そんな頑丈な障壁を張れるのかい。……あんた、いったい何者なんだよ?」
「だからわたしは、魔法少女のステラだよ! あなたたちと争うつもりはないから、これで失礼するね! ……アルスヴィズ・レジェロ!」
優美なピアノの旋律とともに、魔法のホウキが出現した。
「な、なんだよ、今の音は?」
と、魔女たちは困惑の面持ちで周囲を見回す。
その隙に魔法のホウキに横座りとなったステラは、笑顔でリューリに手を差し伸べた。
「じゃ、行こっか!」
「え……行くって、どこに……?」
「わかんないけど! あなたは、誰とも争いたくないんでしょ?」
リューリは幼い顔に決然たる表情をたたえて、ステラの手を取った。
リューリの身をホウキの上にすくいあげるや、ステラは上空へと舞い上がる。いくつもの竜巻があとを追いかけてきたが、それらはすべて障壁の魔法陣で撃退された。
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