第1話 魔法少女・イン・アナザーワールド
01 辺境の地
「ステラ、キミはすみやかに起床するべきだと思うよ」
そんな言葉とともに、ステラの頬がひんやりと冷たくて小さな手にぷにぷにと圧迫される。それでステラが「ううん……」とまぶたを開くと、目の前にジェジェの顔が迫っていた。
近くで見ると、きらきらと輝くジェジェの姿は星空そのものである。
そのきらめきさにうっとりしながら、ステラは「おはよー……」と寝ぼけた声を返した。
「ジェジェも、無事だったんだ……それじゃあ、『
「うん。ただその代償は大きかったみたいだけどね」
「だいしょー……?」とぼんやり答えながら、ステラは半身を起こす。
そして周囲を見回したステラは、きょとんとした。そこには、まったく見慣れない光景が広がっていたのだ。
とうてい日本とは思えないような、だだっ広い荒野である。
足もとは黄白色の砂地で、ところどころにしょぼくれた潅木や巨岩が顔を出している。そんな不毛な荒野がどこまでも続いており、その最果てでは岩山の威容がぼんやり霞んでいた。
「えーと……ここは、どこかな?」
「さあ? ひとつはっきりしているのは、ボクたちが属する世界ではないということだね」
そんな風に語りながら、ジェジェは丸っこい手の先にぴんと一本の指を立てた。
「あ、くれぐれも変身を解除しないようにね。この世界の大気には、本来のキミにとって有害な成分が含まれているみたいだからさ」
「えー? それって、どういうこと? この世界って、どの世界?」
「それはボクにもわからないよ。キミと『
「へー! そんなこともあるんだね! じゃ、どうやって帰ったらいいんだろ?」
「さあ? もういっぺん次元爆発を起こせば別の次元に移れるかもしれないけど、元の次元に戻れる可能性は天文学的確率だろうね」
そう言って、ジェジェは肩をすくめた。
「つまり、ボクたちの任務と人生は満了を迎えたということさ。これまで、どうもお疲れ様。キミの尽力には感謝しているよ、ステラ」
「えー? それはちょっと、あきらめがよすぎるんじゃない?」
「だって、何をどうしたって元の世界に戻れる見込みはないからね。もうボクたちに成すべきことは残されていないから、キミものんびり余生を過ごしておくれよ」
「そんなこと言ったって――!」
そこで言葉を切ったステラは、やおら頭上を見上げた。
空は、青く晴れ渡っている。太陽は燦々と輝き、たなびく雲は綿菓子のようだ。
ステラはまぶたを閉ざして大きく深呼吸をしてから、にぱっと笑った。
「今日はすっごくいい天気だね! 魔力もめいっぱい降り注いでるしさ!」
「こんな異世界でも、宇宙線の質に変わりはないようだね。そうじゃなかったら君の変身も強制的に解除されて、あえなく絶命していたところだよ」
「うん! これならここが見知らぬ異世界でも、わたしは魔法少女として頑張れるってことだね!」
そんな風に宣言してから、ステラは両方の耳に手の平をあてがって「うむむ?」とうなった。
魔法少女の感知能力で、(たすけて……)という弱々しい声をキャッチする。とたんにステラは、決然と立ち上がった。
「誰かが助けを求めてるよ! さっそく魔法少女ステラの出番だね!」
「いや、だから――」
「アルスヴィズ・レジェロ!」
ステラが魔法のステッキを振りかざすと、優雅なピアノの旋律とともに、ポンと魔法のホウキが出現する。
ステラはジェジェの首根っこをひっつかみ、魔法のホウキに横座りになった。
「いざ、しゅっぱーつ!」
ステラとジェジェを乗せた魔法のホウキは天高く舞い上がったのち、矢のように飛翔した。
空の高みに舞い上がると、見慣れぬ世界が一望できる。そこは果てしのない荒野であったが、遥かなる遠方には岩山や樹海ばかりでなく人里の影もうかがえた。
「ほらほら! この世界にも、誰かが住んでるんだよ! それなら、わたしたちも頑張らないと!」
「いやいや。この世界で何をしたって、ボクたちの世界には関わりがないんだよ。それなら、頑張るだけ無駄じゃない?」
「そんなことないってば! わたしは世界の秩序を守るために、魔法少女になったんだからね!」
「見知らぬ世界の秩序を守ったって、どうにもならないさ」
そんな言葉を交わしている間に、ステラに助けを求めた存在が眼下に見えてきた。
荒野の真ん中で、ひとりの少女が怪物の群れに囲まれている。その光景に、ステラは「うひゃー」と目を丸くした。
「なにあれ? きもちわるーい! 『
「あれは……魔物やモンスターとでも呼ぶべきなのかな。この世界の魔力が凝結して生まれ落ちた、精神生命体の出来損ないであるようだね」
それは巨大な蛇ともミミズともつかない外見をした砂漠のモンスター、サンドワームであった。
人間などひと呑みにしてしまえそうなほど巨大であり、のっぺりとした顔には鋭い牙を生やした口しか存在しない。鎧のように頑丈そうな表皮は砂色で、全身がムカデのように節くれだっていた。
そんなサンドワームが十体ばかりも群れをなして、ひとりの少女を取り囲んでいる。亜麻色の髪に鳶色の瞳をした、十歳ぐらいの少女である。少女は真っ黒な貫頭衣ひとつの姿で、靴さえ履いていなかった。
そんな少女をなぶるように、サンドワームの群れはうねうねと蠢きながら鎌首をもたげている。
ステラが「よーし!」と魔法のステッキを振り上げると、ジェジェが「あのさ」と水を差した。
「やっぱり、見知らぬ世界に干渉することは控えるべきじゃないかな?」
「なに言ってんのさ! あんなちっちゃい子を、見殺しにしろって言うのー?」
「この世界にとっては、それが正しい姿かもしれないだろう? 部外者であるボクたちには、何が正義で何が悪であるかも判断はつかないんだよ」
「でも――!」
「もしかしたら、あのモンスターはこの世界の生態系に欠かせない重要な存在なのかもしれない。もしかしたら、あの女の子は世界を滅ぼす悪の手先なのかもしれない。きっとキミはこの世界でも規格外の力を持っているだろうだから、よくよく考えてから行動するべきだろうね」
そんな風に言ってから、ジェジェはまた肩をすくめた。
「……とはいえ、見知らぬ世界が滅んだところで、ボクには関わりのない話だけどさ。ついついいつものクセで、余計な口をはさんじゃったよ」
「ううん! ジェジェの言うことも、もっともだよ! トラやライオンだって人間を襲うけど、むやみに駆除するわけにはいかないもんね!」
ステラは、にっこりと微笑んだ。
「でも、困ってる女の子を見殺しにはできないから! あのモンスターを傷つけないように気をつけながら、助けることにするね!」
そのように言い放つなり、ステラは魔法のホウキを急降下させる。
しかし、ステラが少女のもとに辿り着くより早く、サンドワームの一体が少女に襲いかかった。
少女は、悲痛な叫び声をあげる。
その瞬間――少女に襲いかかろうとしていたサンドワームの巨体が、紅蓮の炎に包まれた。
危うくその炎に巻き込まれそうになったステラは、「うひゃー!」と魔法のホウキを急旋回させる。
すると、残りのサンドワームたちも次々と炎に呑み込まれていった。
おぞましい断末魔の絶叫をあげながら、サンドワームの群れはのたうち回る。
その中心にたたずむ少女は、恐怖と驚愕の表情だ。
しかしどれだけの炎が渦巻いても、少女の身を焦がすことはなかった。
「すごいすごーい! もしかして、あのコも魔法少女なの?」
「うーん……これは確かに、魔法と呼ぶしかない現象のようだけど……キミの魔法とは、まったく原理が違っているみたいだね」
「ふーん! まあ何にせよ、自力で解決できて何よりだったねー!」
そのように語っている間も、眼下では地獄絵図が繰り広げられている。
炎に包まれたサンドワームの群れはやがて黒い塵と化して、骨も残さずに消滅した。
そうしてすべての炎が消え去るのを見届けてから、ステラはあらためて大地に降り立った。
「お疲れさまー! 今のは、すごい魔法だったねー!」
魔法のホウキを消し去ったステラが笑顔で近づいていくと、少女はへたりこんだまま後ずさった。
「だめ! 近づかないで! あなたまで巻き込まれちゃう!」
少女がそのように叫ぶなり、ステラの足もとから炎の柱がたちのぼった。
ステラは「ひゃー!」と騒ぎながら、軽やかなステップで回避する。
「あぶなかったー! これって、あなたの魔法じゃないの?」
「わたしには……どうすることもできないの……」
少女の目に、大粒の涙が盛り上がる。
するとステラは、笑顔で魔法のステッキを振り上げた。
「それじゃあ、わたしが消してあげるね! エーギル・エスプレッシーヴォ!」
どこからともなくオーケストラの華々しい旋律が響きわたり、青く輝く音符があふれかえる。そしてその音符が水の濁流と化して、焼けた大地と少女の姿を呑み込んだ。
少女は「きゃー!」と悲鳴をあげながら、数メートルばかりも押し流されていく。
ステラは笑顔で、そちらに駆け寄っていった。
「大丈夫? 加減はしたから、痛くなかったでしょ?」
全身ずぶ濡れになった少女は、呆然とへたりこんだままステラの笑顔を見上げた。
「あ、あなたは……魔法士様ですか……?」
「ううん! わたしは正義と秩序の魔法少女、ステラだよ! どうぞよろしくね!」
ステラは斜め四十五度の角度で決めポーズを取りながら、ピースサインの隙間からウインクを送った。
「あなたは、なんていうお名前なの? こんなところで、いったい何をやってるのかな?」
「わ、わたしは、リューリと申します……ザドナの町で暮らす、商人の娘だったのですが……魔女と見なされて、町を追放されてしまいました……」
リューリと名乗る少女の目から、新たな涙がこぼれ落ちる。
ステラはきょとんと、小首を傾げた。
「魔法少女じゃなくて、魔女なんだねー。でも、どうして町を追い出されちゃったの?」
「え……だって、それは……」
リューリが口ごもると、その場に荒々しい風が渦を巻いた。
リューリは「きゃあっ!」と頭を抱え込み、ステラは魔法のステッキを振り上げる。それから頭上を見上げた二人は、一緒に目を丸くすることになった。
二人の頭上に、三名の女性が浮遊していたのだ。
その身に纏った黒いフードつきマントの裾が、コウモリの羽のようになびいている。彼女たちは明らかに、魔法の力で浮遊していた。
「魔女が追放されるのは、この世の掟だろ? おかげさんで、肩身がせまいったらありゃしないよ」
そんな言葉とともに、三名の女性がふわりと地面に降り立つ。
その中から、ひとりの女性がずいっと進み出た。黒い髪に白い肌をした、妖艶なる美貌の持ち主である。
「で、あんたこそ、いったい何者なのさ? もしかしたら、魔物が人間様に化けてるんじゃないだろうねぇ?」
女性の切れ長の目が、真っ向からステラをにらみつける。
その黒い瞳には、深甚なる怨念の炎が燃えさかっていた。
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