第3話
コンビニでバイトを始めてから、かれこれ二週間が経過した。その間、俺は店長の指示で一切仕事をさせてもらえなかった。
嫌がらせ――ではなく、
結果として、俺は今、勤務中であるにもかかわらず、なぜかバックヤードで椅子に座って湯気の立ったお茶を飲んでいた。目の前には羊羹やおせんべいといった茶菓子が積まれている。
……これでしっかり時給は発生しているというのだから恐ろしい。
あ、荷物が搬入されてきた。
同じ時間のシフトに入ってるおばさんたちが機敏な動きで品出しにかかっている。
「あの……俺にもできることがあれば、手伝いましょうか」
おずおずと声をかけてみるものの、
「ああ、ああ、いいのよお。由寿くんに仕事させたら、私たちが店長に怒られちゃうからねえ。気を遣わなくていいから、そこに座っといで」
そんな風に柔和に断られてしまえば、俺としても座っているしかなかった。
居たたまれねえ。
気まずく身を縮こめて時間を過ごす。と、ふいに背後から、からかうような女子の声がした。
「いやー、相変わらずユズ先輩は良いご身分っすねー」
その女子はひょっこり俺の視界に入ってくると、積まれていた茶菓子の山から勝手におせんべいの袋を取っていく。
小柄な身長。いかにも活発そうな目鼻立ちをして、動きに合わせて揺れるサイドテールが愛らしい――彼女は
とはいえバイト歴で言えば千瀬の方が先輩なわけだし、こういう場合はどう接したらいいのか判断に迷うところだったが「いやいや、全然タメ口で構わないっすよ。代わりに、あたしのことは絶対に苗字で呼んじゃダメっすからね」とにっこり人差し指を突きつけられたので、お言葉に甘えることにした。
どうやら千瀬は自分の苗字がいたく気に入らないらしい。
さておき。
現れた後輩に、俺は唇を尖らせる。
「羨ましいと思うのなら、俺と変わってくれよ」
「そう言われると、確かに遠慮したいかもっすね。さすがのあたしでも、働いてる人の隣で呑気にお茶を飲んでいられるほどの鋼メンタルは持ち合わせていないっすから」
おせんべいを小気味よくぱりっと音を立てて食べながら、千瀬がニヤニヤと笑いかけてくる。
「えっと、このかさん……でしたっけ? 先輩の恋人さんの名前。やー、ずいぶんと愛されてるっすねえ」
「そんなんじゃねえよ」
俺は憮然と答える。
気に入られているのは認めるが、このかが俺に向けている感情は、あくまで飼い主がペットを可愛がるのと同じだ。恋愛的な意味での『好き』とは近いようで次元を異にしている。まったくの別物だ。
それを恋人とは片腹痛いぜ。
× × ×
夕方の時間帯になって、シフトに入ってるおばさんたちが帰っていった。
この瞬間を俺は待っていた。
ここぞとばかりに俺はバックヤードを抜け出して、気怠そうにレジに立っている千瀬に声をかける。
「なあなあ、俺にレジのやり方を教えてくれよ」
「えー、嫌っすよ。先輩に仕事させたら、怒られるのはあたしなんすからね」
「そこをなんとか頼むって。パートのおばさま方も同じこと言って全然俺に教えてくれねえし……かといって、このまま何もできない置物になってるのは耐えられねえんだよ。こんなこと頼めるのは、千瀬しかいねえんだ。な、この通り!」
普段からこのかに飼い慣らされているおかげで俺にプライドなぞ皆無だった――今にも床に頭をこすりつけんばかりの勢いで拝み倒すと、
「……あーもう、わかりましたよ。仕方ない先輩っすね。ただし、店長には絶対に内緒っすからね」
千瀬が腰に手をあてて、駄々をこねる子供を相手にする母親みたいな表情で渋々了承してくれた。
やったぜ。
マンツーマンで指導をしてもらい、ものの十分足らずで大体の操作方法をマスターする。「……先輩、めっちゃ物覚えいいっすね」と千瀬から感心されたほどだ。このかからもよく言われる。
というわけで、いざレジに立って初接客。
若干の緊張とともに、労働をしているという高揚感に身を包まれる。端的に言ってテンションが上がっていた。
やがて、お客さんが商品を入れたかごを持って、俺の前までやってくる。
「いらっしゃいませーっ!」
背筋を伸ばして、俺にできる最高の笑顔で威勢良く挨拶する――が。
「……あら? もしかして、八宮くん?」
レジカウンターを挟んで向かい側にいたお客さんはまさかの知り合いだった。すらりとした細身に、凜とした雰囲気をまとっている。意思の強そうな切れ長の大きな瞳が特徴的な美少女で、ついでに言うと、現在進行形で俺の片想い真っ最中の相手でもあった。
……次回に続く。
次の更新予定
クーデレ幼なじみの甘い支配から逃れたい 種見かき @omusuke75
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