第10話 クリスマスプレゼント 「アクション(Action)」スタート

クリスマスプレゼント

「アクション(Action)」スタート


 雪が、降っていた。


 王都の外れ、静かな通り。

 音を吸うような、柔らかい雪。


「……白いですね」


 リリアが呟く。


「音が、消える」


 ギルバートが答える。


 二人は並んで歩いていた。

 腕は組まない。

 だが、距離は一定だ。


 息が合う。


 それだけで、寒さは刺さらなかった。


「クリスマス、でしたね」


「……ああ。王都では、宴と騒音の日だ」


「でも、今日は違います」


 リリアは立ち止まった。


 雪の上に、足跡が二つ。

 少しだけ、ずれている。


「ギルバート。

 今日は、贈り物があります」


 彼は一瞬、身構えた。


「……派手なものは、苦手だ」


 リリアは微笑む。


「わかっています。

 だから――これは“物”ではありません」


「……?」


 彼女は、手袋を外した。


 冷たい空気。

 白い指先。


「行動です」


「……行動?」


「はい。

 今日、私は“逃げない”と決めました」


 ギルバートの呼吸が、わずかに止まる。


「……何からだ?」


「人前から。

 期待から。

 それから……あなたからも」


「……それは、どういう……」


 リリアは一歩、踏み出した。


 彼との距離を、意図的に詰める。


「私は、静かに調整するのは得意です。

 でも、自分から踏み込むのは……苦手でした」


 雪が、二人の間に落ちる。


 溶ける。


「だから今日は、

 私から“始めます”」


 ギルバートの喉が、鳴った。


「……リリア。

 それは、覚悟がいる」


「ええ。

 でも、もう整いました」


 彼女は、自分の胸に手を当てる。


「ここが、静かです。

 逃げたい衝動が、ありません」


 沈黙。


 だが、逃げない沈黙。


「……俺は……」


 ギルバートは、言葉を探した。


「君が近づくと……

 世界が、はっきりする」


 彼女は、頷く。


「それが、“同期”です」


 次の瞬間。


 リリアは――

 彼の手を、取った。


 指先が、触れる。


 冷たい。

 だが、拒絶ではない。


「……っ」


 ギルバートの肩が、揺れる。


「大丈夫です。

 五秒だけ」


「……五秒……」


「はい。

 それ以上は、しません」


 彼女は数える。


「一」


 呼吸。


「二」


 鼓動。


「三」


 雪の音。


「四」


 体温。


「五」


 手を、離す。


 ギルバートは――

 倒れなかった。


 息も、乱れていない。


「……できた……」


 彼の声が、震える。


「ええ。

 成功です」


「……これが……

 君の言う……アクション……?」


「はい」


 リリアは、少し照れたように笑う。


「小さいですが。

 私にとっては、大きな一歩です」


 彼は、ゆっくりと笑った。


「……なら、俺からも返そう」


「え?」


 今度は、彼が一歩前に出る。


 だが、触れない。


 距離を、尊重する。


「俺は……

 君を守る、と言わない」


「……?」


「君は、もう整っている。

 だから俺は――

 一緒に動く」


 その言葉に、

 リリアの胸が、じんわりと温かくなる。


「それが……

 一番、安心します」


「そうか」


 彼は、空を見上げた。


「……クリスマス、か」


「はい」


「騒がしくないな」


「私たちに、ちょうどいいです」


 二人は、また歩き出す。


 足跡が、並ぶ。


 少しずつ、揃っていく。


 派手な奇跡は、起きない。


 だが――

 人生が、動き始めた音が、確かにしていた。


 それは、

 誰にも聞こえないほど静かで、

 それでも確実な――


 最高の、クリスマスプレゼントだった。


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