第9話:生理的同期による「共同調整」
第9話:生理的同期による「共同調整」
アルベルトの魔力は、荒れていた。
噴き上がるように。
焦げた金属の匂いを伴って。
床の魔法陣が、ひび割れる。
「近づくな……!
俺は……俺はまだ終わっていない……!」
叫び声が、王都の地下空間に反響する。
声が大きい。
息が速い。
――危険信号。
リリアは、足を止めた。
「ギルバート。ここからでいい」
「ああ」
彼女は剣を持たない。
詠唱もしない。
ただ、静かに手を広げた。
沈黙の領域。
音が、消える。
いや、正確には――
音が、自分の内側に引き戻される。
魔力の暴走音。
結界の軋み。
荒い呼吸。
すべてが、外へ逃げられなくなる。
「……なにを、した……?」
アルベルトの声が、鈍く響く。
反響しない。
ごまかせない。
「攻撃ではありません」
リリアの声は、低く、穏やかだった。
「共同調整です」
「ふざ……けるな……!」
だが、怒号は続かない。
沈黙が、重い。
逃げ場がない。
アルベルトは、初めて気づく。
――自分の呼吸が、うるさい。
吸う音。
吐く音。
喉が鳴る。
「……こんな……音……」
耳を塞ぎたくなる。
だが、塞いでも意味がない。
音は、内側にある。
「……リリア……これは……何の拷問だ……」
「拷問ではありません」
彼女は一歩、近づいた。
だが、触れない。
「あなたが、ずっと他人に強いてきた環境です」
アルベルトの魔力が、揺らぐ。
「……嘘だ……
俺は……正しかった……
強くなるためには……」
「静かにしてください」
その一言で、
彼の言葉は――途切れた。
沈黙が、さらに深くなる。
思考が、逃げ場を失う。
――気づきが、始まる。
自分の声が、どれほど周囲を圧していたか。
命令が、どれほど人の神経を削っていたか。
怒鳴るたび、
周囲がどれほど息を浅くしていたか。
「……あ……」
アルベルトの膝が、崩れる。
「……俺は……
いつも……こんな……」
言葉が、続かない。
胸が苦しい。
だが、魔法のせいではない。
自覚のせいだ。
「……誰も……休めなかった……」
初めて、声が小さくなる。
リリアは、沈黙を保つ。
慰めない。
否定しない。
教えない。
ただ、同じ空間にいる。
ギルバートが、わずかに呼吸を整える。
そのリズムが、
沈黙の中で、はっきりと伝わる。
アルベルトの身体が、勝手に――
その呼吸に引き寄せられる。
「……なぜ……」
「人は、静けさに触れると
自分の歪みに気づいてしまうからです」
リリアの声は、遠い。
「……俺は……
強さだと……思っていた……」
肩が、落ちる。
背中が、丸くなる。
魔力が、抜けていく。
再び、暴走する気配はない。
だが――
立ち上がる力も、残っていなかった。
「……もう……
戻れない……」
その言葉に、後悔はあった。
だが、怒りはなかった。
それが、再起不能の証だった。
「大丈夫です」
リリアは、初めて優しく言った。
「あなたは壊れたのではありません。
調整されただけです」
アルベルトは、笑った。
乾いた、力のない笑い。
「……最初から……
俺が……異常だったんだな……」
答えは、返ってこない。
沈黙が、彼を包む。
それは罰ではなく、
終わりだった。
リリアは、領域を解いた。
音が、戻る。
空気が、流れる。
だが――
アルベルトの中の世界は、もう戻らない。
価値観は崩れ、
誇りは、再構築されない。
彼はただ、
静かに座り込んでいた。
リリアは振り返る。
「行きましょう、ギルバート」
「ああ」
二人の呼吸が、揃う。
それだけで、十分だった。
世界は、もう騒がなかった。
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