第3話

これが妄想ならどれほどよかっただろう。


俺はパタンと呼んでいた本を閉じる。

″嫌われ悪役令息に転生したので、改心して王子様に愛されます!″作者、ノアールーー。


「はぁ、呆れた。こんな神作のストーリーを変えるなんてリスペクトが全く感じられないね。というか、リアキスは未来が見えていたというより、これから起きることを知っていたのか。どうりで‥どれだけ気をつけていても嵌められまくるわけだ。先読みの能力なんてよくできた嘘をつくものだ全く‥。能力詐称で訴えてやろうか。」


第一王子、カナリリス・アルテノ。元俺の婚約者で、今ではリアキスの恋人。

孤児の頃にお忍びで街に来ていた幼いアルテノと俺は出会い、お互い身分を超える絆を深めていった。学園で再会した後も俺を優しく扱ってくれて、何度も助けて守ってくれた。そんなアルテノもといい愛称テノンに俺は恋をした。すれ違った時期もあったけど、お互い両片思いだって分かってからは、甘くて幸せな時を共に過ごした。リアキスが動きはじめる半年の間だったけど、プロポーズされた時なんて夢でも見ている気分だったのに。


そんなテノンからの愛も心も過ごした時間も‥たったひと月で全てをリアキスに奪われた。前の俺は絶望で死にそうな気分だったけど、記憶を思い出した今はただの浮気不潔野郎としか思えない。まるでもう何十年も前の話を思い出したかのような気分で、少しむかつく程度で精神は安定している。


それにしたって、残酷な方法で俺を突き落としてくれたものだ。原作通り悪役令息設定を守っていたのだろうか。いや、原作のリアキスはもっと人間味があって可愛げがあった‥。好きな人のために必死で勉強して変わろうとしたり、嫉妬でやりすぎなところもあったが、最後はしっかり罰を受け反省して、愛した人の幸せを願って身を引いたんだ。流刑の日に別れ際、負け犬台詞や暴言を吐いてもいいはずなのに、しっかりとヒロインに頭を下げて謝るシーンは正直グッときた。新刊のアナザーストーリーでは、リアキスにスポットライトが当たり、流刑先の新キャラのイケメンといい感じにひっつきそうになっていたっけ。


それなのに、この世界のリアキスはなんというか‥。言い表すなら美人くそビッチ。

頭が切れるくせに、心が狭い。余裕がない。男を侍らせすぎ。あと俺の友達全員とヤルな。普通にキモくてきつい。落としたい男の邪魔な婚約者ってのは分かるが、排除した後も死ぬ直前まで追い詰めるものか?ヒロインアンチすぎて草。

それなら正々堂々と戦えっての。よくコソコソと裏であられも無い噂を流して陥れてくれたものだ。それを信じたテノンも阿呆で残念だが、おかげで俺の評判はどん底だよ。正直、やり方がきしょい。勝った者が正義って言葉を具現化したような。


まぁ、そんなビッチくんに負けた俺が言っても愚痴や文句にしかなんないんだけど。今は思い出し記念だ。ファンとして言わせてくれ。まぁ、今じゃ笑い話にできるほど余裕はあるから幸いだ。


売り切れ続出、涙溢れる純愛物語ーーそんな表紙のテロップを指でなぞる。見舞いに来る人なんて1人もいなくて、唯一優しいこの診療所のおじさんがこれが流行りだと、俺を憐れんでかお土産を持ってきてくれたのがこの本だ。


本を開いた瞬間、見覚えの無い記憶が突き刺すように駆け巡った。

まだ少しズキズキと痛む頭に、こめかみを押さえる。


「絶望的なタイミングで甦らせてくれたものだよ、ほんと。」


ただのルルーー。それが今の俺の名前だ。少し前までは貴族の養子で苗字があったものの、リアキスの策略により縁組解消された。


優しかった縁組先のおじさんおばさん。最後まで反対してくれていたと聞いた。王子の命令で仕方なく解消の流れになったが、最後に心配そうに俺を見つめていたのを思い出す。


右目の視力はもう無い。右腕も、闇魔法の腐食により肘から少し上のあたりから切断されていて、カーディガンの袖がだらりと落ちている。


それでもなお、自分の体の中で渦巻く魔力と聖力の大きさにため息をつく。心は死にそうなほどボロボロだったというのに、この力はもう完全回復したのか。


俺はそっと左手に聖力を込める。刹那、左目に魔法陣が浮かび上がり、周囲が柔らかい光に包まれた。

昔から、魔力操作、制御、応用、魔を司る全ての学問において、血の滲む思いをして習得してきた。全ては孤児院の子供たちや村の人たちを魔物や悪人の手から守るために。そして聖女に選ばれてからはこの世界を救うために。


気づけば全属性を歴代の魔導士レベルまで使いこなせるほどになった。そこに聖女の力が加わり、さらにパワーアップしたのが今の俺の実力だ。


正直、この力を持ってすれば復讐なんて簡単にできると思う。通常ならば、ここから俺の復讐逆転劇がはじまるところだろう。だけど、今の俺は全くそんな気にならなかった。実にめんどくさい。人生の無駄だ。それに‥なんとなくだけど、きっと記憶を思い出す前の″俺″も望まないと思ったんだ。


『ーー幸せに‥なってね』


意識が無くなる直前、確かに俺はそう心から思った。なら、きっとーー。


切なく締め付けられた胸を優しく撫でる。記憶を思い出しても、これまで生きてきた″ルル″は消えない。俺の中で確かに存在している。


とにかく、せっかく推し小説の世界に生まれ変わったのだから、正直復讐うんぬんよりも聖地巡礼をしたいし、この世界のたくさんのことをこの目で見てみたい。そしてゆくゆくは可愛い魔動物と一緒にスローライフをするんだ。


ルル、君は他者の幸せを最後まで祈っていたけれど、俺は君の‥いや、俺自身の幸せのために生きようと思うよ。


俺は未来のもふもふライフを想像して、ふふふふっと不気味に笑う。

そんな俺の姿を見て、本を持ってきてくれたおじさんがよかったよかったと泣いてくれたのはまた別の話。



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【BL】ざまぁされたヒロイン♂だけど、最強クラスの魔導士なので教師になります 海月 ぴけ @pike_2525

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