第2話

 まばらに人が残っているオフィスの中。

 疲れた目を休ませるためパソコンから顔を上げ、壁にかかった時計に目をやる。

 21時。

 この時間の残業にも慣れたものだが、たまには早く帰ってゆっくりしたい……と思いながら、早く帰っても誰もいないし、特にやることもないと気が付き、軽くため息をついた。


「ふう。よし、集中しよ」


 もう直属の部下たちは皆帰ったため、少しくらい独り言を言っても問題はない。


磯崎いそざき課長、お疲れ様です」

「ひえ!」


 だらしない声がオフィスに響く。

 数える程の同僚たちがこちらを見る。恥ずかしい……。


「すみません、驚かせてしまって。いつも遅くまでお疲れ様です。よかったらこれ、飲んでください」

「こちらこそ醜態を晒して申し訳ない……。コーヒーの差し入れありがとう。いただくね」


 自分だってこんな時間まで仕事をしているというのに、なんと気が利く青年ではないか。

 ましてや直属の部下ではないのに、しかもいつも見られていたとは……もしかして彼は私のことを……?


「塩田さん、これ差し入れです」


 違った。彼はただ皆に親切なだけであった。

 一瞬でも勘違いをした自分が本当に恥ずかしい。

 また、よく見たら彼の左手の薬指には指輪がしてあった。

 全く、本当に独身をこじらせているものだと、我ながら痛感する。

 ふと、昼間の話題が思い出された。


「『未来の旦那様』だっけか……どんなドラマなんだろう」


 世間の流行に疎いことを改めて自覚しつつ、まだ話題に追いつけるチャンスだとも思った。

 調べてみると、放送は火曜日の21時。まさに今ではないか。

 そりゃ知らないわけだ、と自身を正当化しつつも、まだ3話ほどしか進んでいないこと、日頃利用しているアプリで配信されていることに気が付き、どこかで時間をとって必ず見ようと決意したのであった。



 休日も私の朝は早い。仕事の日と同じか、あるいはそれよりも早い時間に起きて、ジョギングに出かけるのが休日のルーティーンだ。


「たしか午後から天気が悪くなるんだったような……。家で何しようかな」


 コーヒーを飲みながら、スマホを開いてどんな風に過ごすかと考えていたところ、先日のドラマが見れることを思い出した。


「よし。午後からこのドラマを見てみよう」


 どんなものかと期待しながら午前の用事を終え、ドラマを見ながらつまむ用のお菓子や飲み物を準備し、アプリをテレビに接続してソファに座る。

 しかし、その数時間後、浮かんだ感想は期待とは異なるものだった。


「『未来の旦那様』……何が旦那様の卵よ。しょーもない……イケメン俳優が出てるってだけじゃない」


 主人公の年齢こそ自分と近かったが、お相手との出会い方や境遇など、現実離れしている設定がなかなか受け入れ難く、自分には馴染まないかもしれないという印象だ。

 ぶつくさ言いながら口コミや感想ポストをネットで調べていたところ、原作小説があることに気がついた。


「これから面白くなるのかもしれないし……ドラマだけ見て批評するのも良くないな。読んでみるか……」


 最近小説を読んでいなかったことを思い出しながら、紙で買うか電子で買うか少し悩んで、面白くなかったら売ればいいと紙で買うことにし、翌日書店に赴くことを決めたのだった。

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