王様
Wの屋敷の静寂は、雷鳴のような足音と、傲慢な笑い声によって粉砕された。
「――ハーハッハ! W、息災か! この『王』たる俺が直々に遊びに来てやったぞ!」
派手な装飾の施された扉を蹴り開ける勢いで入ってきたのは、Wの兄であり、最強格の一角であるP(ピー)だ。立派な角と、自称強そうな尾を堂々と誇示し、彼は部屋を見渡した。
「……兄さん、頼むから普通に入ってくれ。扉の修理代を出すのは俺なんだぞ」
キッチンからエプロン姿で現れたWが、額を押さえて溜息をつく。だが、Pはその小言を気にする様子もなく、ソファでSに抱き枕にされているRへと視線を止めた。
「む? W、貴様いつの間に人間飼い始めたんだ。しかも改造済みじゃないか……いや、これは」
Pの鋭い眼光が、Rの頭頂部に生えた二本の小さな角を捉える。彼は大股で歩み寄ると、Rの顎を乱暴に持ち上げ、至近距離でその角を観察した。
「……質の悪い『接ぎ木』だな。S、貴様の仕業か」
ソファの背もたれに溶け込むように座っていたSが、薄く目を開ける。
「そうだよ。俺の角を分けてあげたんだ。可愛いだろ?」
「悪趣味としか言いようがないな。」
二人の強者が自分の頭上で物騒な会話を繰り広げているというのに、Rは欠伸を一つ漏らし、Pの手をぺいっと払いのけた。
「……痛い。角、触らないで。あと声が大きい」
Pは一瞬呆気に取られた。最強の自分に対して、これほどまでに気怠げで不遜な態度を取る人間など見たことがない。だが、彼は怒るどころか、面白そうに口角を吊り上げた。
「気に入ったぞ。貴様、名は?」
「R。……で、ちょっとSから私を引き剥がしてほしいんだけど」
「…そんな程度も抜けられないのか、仕方ないやつだな」
そう言ってPはSからRを救出した。
数分後。リビングのテーブルにはチェス盤が広げられていた。
Pは玉座に座るかのような威厳で椅子に腰掛け、Rは反対側で頬杖をつきながら、適当にポーンを動かしている。
「……チェックだ、王様」
「あ……っ!? 馬鹿な、俺様の完璧な布陣が……いつの間にこれほど食い込まれた……!」
Pは王としてのプライドをかけ、真剣に盤面を睨みつけている。一方のRは、Wが持ってきたクッキーを齧りながら、特に何も考えずに駒を進めていた。彼女には戦略などない。ただ「なんとなく」で動かしているだけだが、それが逆にPの高度な読みを外していた。
「あはは。P、顔が真っ赤。人間に負けそうなんだ?」
後ろでSがニヤニヤと煽る。
「黙れスライム! 俺が負けるはずがない! これは、そう、あえて窮地に立つことで王の器を示しているのだ!」
「はいはい。……チェックメイト。終わり」
Rがパチンと駒を置く。Pは石のように固まった。
「……ぐ、ぬぬ……。貴様、Rと言ったな。……見事だ! 俺に土をつけたその胆力、褒めてやる! W、こいつに一番いい肉を食わせろ! 俺の奢りだ!」
Pは自身の負けを認めた瞬間に、一転して機嫌を良くし、豪快に笑いながらWの肩を叩いた。
「兄さん、さっきから声が大きいって……。はあ、肉ならもう用意してある。」
「……よくわかんないけど、お肉が食べられるならいいや」
Rは無関心にチェス盤を片付け始めた。彼女にとって、相手が王だろうが最強の人外だろうが、食欲を満足させてくれる存在であるなら「いい人」だった。
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