外見

その日は、ひどく静かな午後だった。

Wが買い出しのために屋敷を空け、広々としたリビングにはSとRの二人だけが残されていた。

Rはソファに寝そべり、紫の髪を顔に散らしながら、退屈そうに天井の模様を数えていた。

「……ねえ、S。暇。何か面白いことして」

Rの気怠げな声に、背後に立っていたSが反応する。彼はいつものように、何を考えているのか分からない、無感情な目でRを見下ろしていた。

「……面白いこと。そうだね。R、君は人間だからなぁ。」

Sは指先をスライムのように不定形に蠢かせ、Rの頬をなぞる。Rはその冷たい感触を嫌がる風もなく、ただオッドアイの瞳で彼を見つめ返した。

「じゃあ、私が人外になったら面白くなる?」

その言葉は、Rにとっては何の深い意味もない、ただの暇つぶしの提案だった。しかし、人の話を聞いているようで聞いていないSの脳内で、それは妙な火花を散らした。

「……人外。いいね、それ。……じゃあ、俺の一部をあげるよ」

「え?」

次の瞬間、彼に迷いはなかった。

Sは自分の頭に生えていた、人外の象徴たる二本の角――その根元に指をかけると、何の躊躇もなく、バリ、という嫌な音を立てて自ら引き抜いた。

「……っ、あ……」

断面からは人外の体液が溢れ、Sの端正な顔が痛みでわずかに歪む。だが彼はそれを気に留める様子もなく、手にした血濡れの小さな角を、驚きで目を見開くRに向けた。

「うわ、痛そう。……何、それ」

「俺の力。……いや、力は渡さない。ただの印。君を、俺の所有物にするための飾り」

Sはそのまま、抵抗もしないRの頭部、その髪の隙間の皮膚に、引き抜いたばかりの角を力任せに押し込んだ。

「普通に痛い……」

「動かないで。すぐ馴染むから」

Rの治癒能力は人間と同程度だ。本来なら拒絶反応や大出血を起こして死に至るような暴挙。しかし、Sの体はスライム状の特性を持ち、他者の肉体に侵食し、同化することに長けていた。

Sの「意思」によって、角の根元から伸びた細い触手がRの神経に無理やり接続されていく。

Rは額を流れる血を指で拭いながら、自分の頭の上に新しく生えた「異物」の感触を確かめた。

「……なんか変な感じ」

「似合ってるよ。これで、君はもう完全な人間じゃない。まぁ、見た目だけだけど」

Sは角を失った自分の頭を無造作に撫で、満足そうに微笑んだ。彼にとって、Rの外見を人外にすることは、美しい標本に自分の名前を刻むような、首輪を付けるような、極めて身勝手な「愛玩」の儀式だった。

数時間後、帰宅したWがリビングの惨状――血まみれの頭に小さな角を生やして「お腹すいた」と宣うR、そして角を失って平然としているS――を見て、屋敷中に響き渡るような絶叫を上げたのは言うまでもない。

「S!! 貴様、一日!たった一日の世話を任せておけば、何を……何をしたんだ!!」

「……別に。可愛くしてあげただけ」

激昂するWの横で、Rは鏡に映る自分の二本の角を指でつつき、

「意外とかわいいな」

と、相変わらず的外れで楽観的な感想を漏らしていた。

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