宝石
Wの屋敷の静寂は、玄関が開かれた瞬間に霧散した。
現れたのは、豪奢な飾りを揺らし、宝石を散りばめたようなドレスに身を包んだ女性――Mである。彼女は部屋に入るなり、ソファで液体のようにだらけていたSを見つけ、顔をこれ以上ないほど不快そうに歪めた。
「ちょっと、本当にサイアク!!! 何にもしない木偶の坊スライム!!!!」
Mの怒鳴り声に、Sは片目だけを薄く開け、面倒くさそうにMを見た。
「……げっ、M。なんで来たの。というか、金銀財宝にしか目のない君のほうが、よっぽど最悪なんだけど。歩くたびにジャラジャラうるさいんだよ」
「なんですって!? アタシの美意識が理解できないなんて、やっぱり知性の欠片もないドロドロの塊ね! そもそもアタシが今日ここに来たのはWに用があるからであって、アンタの不細工なツラを拝むためじゃないわよ!」
Mは手にした扇子を激しく仰ぎ、その風でSの体の一部が僅かに波打つ。
「アタシのお気に入りだった人間のお嬢様と離婚したのも許せないわ!! あの子、アンタと結婚したせいで随分と苦労したんだから。……あの子の『社会的装飾』になるくらいしか能がないくせに、それすら放棄するなんて!!」
その言葉に、Sの瞳が冷ややかに細められた。
「はぁぁ? 呆れた。俺が結婚してたのは、お前らが『人間と結婚したら幸せになれるのか調べろ』って言ったからだろ。適性調査だよ。これだから鳥は。天使族の血が濃いとか知らないけど、本当に意味わかんないな~」
「何が『これだから鳥は』よ! 実験台にしたなら最後まで責任を持ちなさいよ! アンタみたいな冷たいスライムに添い遂げられそうになったあの子の絶望を考えなさい!!」
「絶望? 彼女、最後は『わたしの装飾品としての仕事くらい果たしなさいよっ!』って今の君と同じこと言いながら怒った顔してたよ。どうしたらあんなPより傲慢な人間になるんだよ。大体、お前が彼女を『装飾』だなんて呼んで可愛がってた方がよっぽど歪だろ」
二人の間に火花が散り、空気がピリピリと震え出す。
そこへ、奥の部屋から溜息をつきながらWが現れた。
「……M、来ていたのか。兄さんに頼まれた書類なら用意してある。それと、S。客人にその態度は……。……いや、いい。お前たちの不仲は今に始まったことじゃないな」
Wの隣には、クッキーの袋を抱えたRが立っていた。彼女は、今にも取っ組み合いが始まりそうな二人を、笑いながら見ている。
「ははは、Sのあんな元気な姿初めて見た。」
「……M、紹介しよう。俺のところで飼っているRだ」
MはRの姿を認めると、一瞬だけ品定めするように目を細めたが、すぐに興味を失ったように鼻を鳴らした。
「ふん、W。アンタも趣味が悪いわね。小汚い人間の小娘を囲うなんて。……でも、そのスライムに毒される前に、アタシが素敵な宝石でも買ってあげようかしら?」
「いや、余計なことをするな」
「宝石の良さってお金になるくらいしか分からないんだよね。」
Rの容赦ない一言に、Sが「勝った!」と言わぬばかりにヘラリと笑い、Mは「なによそれ!!!」と金切り声を上げた。
「というか、貴方!その角、あなたカスタムされてるじゃないの!しかもこのスライムとお揃い???ホンッット最悪!!」
「うん。それね、私もSとお揃いじゃなければ可愛いと思ってた」
「お揃いだから可愛いんでしょ〜」
MとRのやりとりにSがそうつっこむ。
屋敷の午後は、相変わらず騒がしく、そして救いようのない不仲に満ちていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます