不法投棄
Wの屋敷にある私の部屋。
普段は静寂が守られているはずのその聖域で、今、私はズルズルと重いものを引きずっていた。
「……ねえ、出てってよS。邪魔」
「やだ。Rの部屋、Rの匂いがして落ち着くんだもん。あるでしょ、ペットの檻に侵入したいとき。」
私が両手で足首を掴んで引きずっているのは、この屋敷の居候で私の飼い主のSだ。
彼は仰向けに寝転がったまま、抵抗する素振りも見せず、むしろこの状況を楽しんでいるかのようにニヤニヤと笑っている。
「そんなに力いっぱい引っ張って、俺と綱引きごっこ? 可愛いね」
「ごっこじゃない。不法侵入者の排除」
私はドアに向かって彼を引っ張るが、Sは腕を組んで床に寝転がり余裕の表情だ。まるで巨大な粘着テープを剥がしているような気分になる。
(……やろうと思えばこいつごと壁をぶち抜いて外に放り出せるけど……)
それはそれで部屋が壊れるし、Wに怒られるし、何よりエネルギーを使うのが面倒くさい。私はあくまで物理的な「掃除」として、この巨大なゴミを廊下に出そうと奮闘していた。
ようやくドアの敷居までSを引きずり出した時だった。
「――おい、何をしている。見苦しいぞ」
廊下の向こうから、威圧的な足音と共にPが現れた。
彼は腕を組み、廊下で這いつくばるSと、息を切らせている私を見下ろし、呆れたように鼻を鳴らした。
「P、ちょうどいいところに。これをどうにかしてほしいの」
私はSの足首を掴んだまま、Pを見上げた。
「この粗大ゴミ、重くて捨てられないんだよね。P、手伝って」
「はあ? なぜこの王である俺が、貴様の掃除の手伝いなどせねばならんのだ」
Pは不満げに眉を寄せたが、その視線は床にへばりつくSに向けられた。SはPを見ても動じることなく、ヘラヘラと手を振っている。
「やあ、P。アニマルセラピー中なんだRとのスキンシップの邪魔しないでくれる?」
「……チッ。貴様、S。Wの屋敷にタダで住まわせてもらっている分際で、そのふてぶてしい態度はなんだ」
Pの中で、「Sへの苛立ち」が「手伝う面倒くささ」を上回ったらしい。
Pは私の横に並ぶと、傲慢な笑みを浮かべてSを見下ろした。
「R、退いていろ。王の力による強制退去を見せてやる」
「ん、頼んだ」
私が手を離すと、Pは無造作にSの襟首を片手で掴み上げた。
Sは「おっと」と声を上げるが、抵抗する間もなく、Pの怪力によって宙に浮かせられる。
「この俺が掃除をしてやるのだ。光栄に思え、軟体動物!」
「P〜、乱暴だなぁ。Rみたいに優しく引きずってよ」
「黙れ!」
Pはそう叫ぶと、ドォン! という音と共に、Sを廊下の遥か向こう――Wの部屋がある方向へと放り投げた。
Sは放物線を描きながら、「あははー」と間の抜けた声を残して飛んでいった。
ドサッ、と遠くで何かが落ちる音がした。
「ふん。片付いたな」
Pはパンパンと手を払い、満足げに私を見た。
「感謝するがいい、R。俺が通りかからなければ、貴様は朝まであの粘着質と格闘することになっていたぞ」
「うん、助かったよP。さすが王様、力持ち」
私が適当に褒めると、Pは満更でもなさそうに「ふん、当然だ」と胸を張った。意外とチョロい。
「じゃ、おやすみ」
「待てR! 俺への礼はそれだけか!? 茶の一杯くらい……」
バタン。ガチャリ。
私はPの言葉が終わる前に部屋に入り、鍵をかけた。
どうせSは隙間から入ってくるし、Pならドアごと壊せるだろうが、一応の意思表示だ。
廊下からは、「おい! 扉を閉めるな!」というPの怒鳴り声と、遠くから戻ってきたSの「Pってば酷いことするねぇ」という声が聞こえる。
私はそれをBGMに、自分のベッドにダイブした。
ようやく手に入れた平和と静寂。
「……はぁ。寝よ」
私は布団を被り、二人の騒がしい声がWに怒られる未来を想像しながら、心地よい眠りについた。
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