衝撃の出会い

その日の午後、Lが仕事があるからと預けていったJと共にRはWの屋敷の庭にある大きな鯉の池へやってきた。PとSの喧嘩が屋敷内で勃発し、Wの怒鳴り声が木霊していたため、平和を求めての避難だ。

「……静かだ」

「静かだね…」

池の端にある岩に腰掛け、私は鯉たちを眺める。色鮮やかな錦鯉が優雅に水面を漂う。こういう無機質な美しさには癒される。

と、水面から水飛沫が上がった。

ザブ、という音と共に、一人の男が立ち上がった。

全身ずぶ濡れで、何も身につけていない。

「へ、変態だぁ!!!?!!??」

Jが後ろへ転びながら叫んだ。

白い肌に、鍛え抜かれた肉体。長く、白と黒のツートンカラーの髪は濡れて水のように滴っている。魚族らしいが、エラや鱗は見当たらない。ただ、野生の獰猛さを感じさせる目つきが特徴的だった。

彼はWの客人、Zだろう。会議があるから人が来る。朝、Wがそんなことを言っていた記憶があった。

Zは水中で涼んでいたのだろうが、よりによって全裸で出てくるか、この男は。

私は驚く様子もなく、水着のような服を着ていない彼の体を上から下まで、本当にただの観察対象として一瞥した。はぁ、人外とは人間とこうも違うものか。

興味の対象は、すぐに水面の鯉に戻る。

「あの赤と白のやつ、太りすぎじゃない? W、餌やりすぎ」

私はZの存在を完全に無視し、目の前の錦鯉に向かって話しかけた。

Zは予想外の反応に目を丸くした後、愉快そうにニヤリと笑った。

「ハッ、面白い人間たちだなお前ら。」

Zは両腕を組み、水面に立ちながら私たちを見下ろした。

彼の声は荒々しく、どこか海獣の雄叫びのようだった。

「俺様を前に平然と品評を垂れるか。普通の人間なら悲鳴を上げて逃げ出すもんだが。」

「Jは怖くて逃げ出せないだけだよ。いじめないであげて。」

Jは両手で自身の目を隠していた。Jのそんな乙女な反応に若干の苛立ちを覚えたが、私は指で水面を撫でて、鯉を呼んだ。そんな私を見てZが言う。

「お前、人間のくせに角があるな?後ろのやつは普通の人間か 、そもそも…Wに人間を飼う趣味がある記憶はないんだが…。」

Zは私のすぐ傍まで水面を滑ってくる。

水が滴り、岩を濡らした。後ろでJが小声で私に話しかけているが私は無視してZに質問する。

「Rちゃん!!だめだよ!!どう見てもダメな人外じゃん!!!」

「それよりZ。魚族なんだから、この鯉の種類とか分かる?」

「知るか。俺はシャチだ。こいつらは食料でしかねぇ。俺様の質問に答えろ……お前のツノ、悪趣味なデコレーションだな。誰の仕業だ?」

「S。趣味が悪いのは知ってる。でもSとお揃いって点を除けば可愛いと思うけどね」

Zは興味深そうに私の頭の角を見つめ、突然手を伸ばしてきた。

「おい、触るぞ」

「はいはい」

抵抗する間もなく、彼は濡れた大きな手で私の頭を鷲掴みにした。

その手つきは乱暴だが、不思議と力は込められていない。

「フン……なるほどな。接着が甘い。脆いのに、よくこんなもの付けて歩けるな」

「壊れてもまた付けられるから大丈夫。それより、手が冷たい」

彼の体温は、私の体温よりも低いらしい。

「ああ? 文句言うなよ、人間。もっと熱い抱擁の方が好みか?」

「結構。ベタベタ触られるの、Sだけでお腹いっぱい」 


その時、背後から地を這うような低い声が響いた。

「Z、お前っっ!!」

Zと私、二人を同時に射抜くような、Wの殺気に満ちた声だった。

PとSの喧嘩を収めたWが、客人であるZを探しに来たのだろう。

振り向いて見たWの姿は、怒りすぎて角が現れているし、背中では龍の尾が激しく床に叩きつけられている。まさに激怒したドラゴンだ。

「おい、何をしてるんだ貴様は! 客室に風呂があるだろうが! なんで鯉の池で泳いでるんだ!?」

私はJはこの姿のWを見るのは初めてだよなと思い様子を見た、案の定Jは怒ったWに恐怖で震えている。

「そしてR!! なんでお前は平然と裸の男の隣にいるんだ!? 危機感を持て!!どう見ても!Zが人間だったとしても関わったらダメな人種だろう!!」

Wの叫びは、もはや怒りを通り越して悲鳴のようだった。

ZはWの出現に一切動揺せず、楽しそうに笑った。

そして、私を指さしてWに言う。

「よぉW。この人間敬語も使えないぞ、教育がなってねぇな」

「そんなことより服を早く着てくれ、風邪を引くぞ。それと、Rだって教育についてお前にだけは言われたくないと思うぞ。」

飛び火した。

「風邪? 俺はシャチだぜ、水温なんて関係ないが」

「それでも服を着ろ!! Rも、何やってる! 目を閉じろ!!」

Wは私を鷲掴みにし、Zから引き離した。

「私は気にしないけど」

「黙れ! 教育上良くない!!!」

Wは私を抱えたまま、怒鳴りつけた。

Zは両手を広げて大笑いしている。

「ハハハハ! 面白い! W、テメェのところは毎日祭だな! さすがだ!」

Wはもはや言葉を失い、私とJを抱きかかえて早足で屋敷の中へと消えていった。

鯉の池には、ひとり、全裸のシャチ人外Zが残された。

Zは水面から完全に上がり、濡れた髪をかき上げた。

「……ボスも人間飼うって言わないといいなぁ」

シャチの人外はこの後にある自分の上司への報告を思い浮かべため息をついた。

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