薪割り服
ドレスを着た(着せられた)JとRのツーショット写真を見たミシェは街へ出たついでにRに何か買ってやろうと思い服屋に寄ることにした。
「人間への贈り物ですか? ……ああ、それなら。これが街で今一番の流行りですよ」
境界線近くの華やかな市街地。聖職者の服を纏ったミシェは、場違いな婦人服専門店の店先で、眉間に深い皺を寄せていた。
普段は、獲物を屠るか、神の言葉(あるいは呪い)を吐くかしかしない彼の脳内は、今、「Rに何を贈るべきか」という難問で占拠されていた。
「……丈夫なものがいい。刃物を通さず、多少の返り血を浴びても汚れが目立たず、機動性に優れたものだ」
ミシェがぶっきらぼうに告げると、店員は一瞬固まり、引きつった笑みを浮かべた。
(刃物? 返り血?人間への贈り物で? ……ああ、きっと彼は過保護な騎士様か何かなのね)
店員は勝手に解釈を完結させ、奥から一着の「傑作」を持ってきた。
「それならこちらです! 丈夫なシルクを贅沢に使い、汚れを隠すための深い赤のフリル! 貴方の愛するお嬢様を、まるで夜会のお姫様のように輝かせるドレスですわ!」
差し出されたのは、レースとリボンが暴力的なまでに盛られた、フリフリのお姫様ドレスだった。
ミシェは無言でその布地を指先で検分した。
(……赤か。確かに汚れが目立たないな。フリル……これがクッションになり、物理的な衝撃を和らげる構造なのか? 『外』の人間の浅知恵も、たまには役に立つな)
彼の人外の倫理観と天使の合理主義が、致命的な方向で噛み合った。
「……いいだろう。それを包め。宛先はWの屋敷だ」
数日後。Wの屋敷に、差出人不明(だが、梱包の紐の結び方が異常に強固でミシェだとすぐわかる)の巨大な箱が届いた。
「R、お前に荷物だ。……重いな、武器か?」
Wが見守る中、Rは面倒くさそうに箱を開けた。中から溢れ出したのは、暴力的なまでに可憐な、深い赤色のドレスだった。
「…………」
「…………」
屋敷に沈黙が流れる。
そこへ、背後から現れたSが、ドレスの裾をつまんで感心したように声を漏らした。
「わあ……。これ、ミシェからだよね。」
「ミシェが、これを……? 正気か? あいつはRをどうしたいんだ」
Wが驚愕する中、Rはドレスの上に添えられた、ミシェの直筆と思われる短い手紙を読んだ。
『防御力と、隠密性を考慮した色を選んだ。これを着て、無様に死ぬな。 ――M』
「……隠密性?防御力? どこが?」
Rはドレスを持ち上げた。どこをどう見ても、ただの重くて動きにくい服にしか見えない。
「一回くらい着てあげたら?Jもドレス着てたし!」
Sがキラキラした目でRを見てそう言った。
数分後。
全身を豪華なフリルとレースに包まれたRが、居間に現れた。何故か手には薪割り用の斧を握っている。
「……どう? W。似合ってる?」
「……似合っているというか、情報の渋滞がひどい。お前、その格好で斧を振り回すつもりか。武器だとしても、だ。よりによって何故、斧を選ぶ」
「ミシェが丈夫だって手紙で言ってたから。薪割り用の服とかにしようかなって。それと、なんで斧って文句言うけどミシェは聖典の角が武器だったよ」
Sがクスクスと笑いながら、Rのドレスのリボンを整える。
「いいよ、R。LがJにドレスを着せてた理由がわかる!やっぱりペットにはリボンが似合うね。」
後日、この姿で薪を割るRを見たJが何も理解できないが故の恐怖で涙を流したのは言うまでもない。
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