第6話:情報の交差点と、古き源泉
鉄輪の街角にある、誰にでも開放された無料の足湯。 ゼウスはズボンの裾を捲り、熱を帯びた湯に足を浸した。偽装した肉体を通して伝わる熱は、微弱な魔力の波となって彼の中に流れ込む。
(……やはり、この街の湯には魔力が混じっている。だが、その流れは酷く乱れ、密度が薄くなっているな)
周囲には、慣れた様子で足を湯に浸し、寛いでいる数人の老人がいた。その土地の空気に馴染みきった振る舞いや、湯温の変化を気にするような会話の端々から、ゼウスはこの土地に長く根付いた者たちであろうと推察する。彼らは手に持った端末を操作することもなく、ただぼんやりと立ち上る湯煙を眺めながら、枯れた声で言葉を交わしている。
「……また、あそこの温度が下がったらしいぞ。山際の『観海閣』だ」
「ああ、あそこの主人も頑固だからな。街全体の集中管理に組み込まれるのを断り続けて、今や最新の配管メンテナンスも受けさせてもらえないんだろ」
「周りはみんな最新の循環・温度管理設備を整えた近代的な宿になっちまった。見た目は華やかだが、あそこみたいに昔ながらの『源泉そのまま』の不便さを守ってる宿は、もう絶滅寸前だ。このまま湯が細り続けりゃ、いよいよあそこも畳むしかねえな」
ゼウスは目を閉じたまま、その会話を脳内の天秤にかけた。
(観海閣……山際の高台、源泉を直接引き、かつ街の管理網からも孤立している場所か)
視覚を閉ざしたゼウスの意識下では、街の地下の状態が、魔力の密度に応じた明暗の階調として把握されていた。
前世の記憶にある「地獄めぐり」の光景――あの噴出する強大な熱源には、確かに剥き出しの魔力が渦巻いている。だが、それはあまりに荒々しく、糧とするには粗すぎる。あとは羽柴の手によって画一的に管理・調整された、効率的だが純度の落ちた魔力の奔流だ。しかし、その網の目から外れた山際の奥深く、細く、しかし真っ直ぐに地底へ伸びる、人の手が加わっていない高密度な魔力の脈を一本だけ捉えた。
(……見つけたぞ。人為的な調整に晒されていない、この地では稀有な密度の魔力の脈を一本だけ捉えた。魔界の濃厚な大気とは比べるべくもないが、枯渇したこの世界では、これ以上の場所はあるまい)
さらに、老人たちが「温度が下がった」と嘆くその原因も、ゼウスが把握した魔力の分布図には明確に示されていた。それは源泉の枯渇ではない。地圧の変動によって、魔力の循環を阻む「澱」が配管の節々に溜まっているだけなのだ。
(魔力さえ使わぬ物理的な調整だけで、あの湯は本来の供給量を取り戻す。……いや、俺が少しの手を加えるだけで、それは単なる温泉を超え、肉体の修復を劇的に早める真の湯治場へと変貌するだろう。それを対価にすれば、宿の主を動かすのは容易いはずだ)
ゼウスは静かに足を上げると、衣服を構成した際と同様に、手元に微細な魔力を編み込んで純白のハンドタオルを作り出し、滴る水を拭き取った。 目的は定まった。
(羽柴の支配が届かぬ、あの古ぼけた宿。そこを俺の「領域」とし、魔力回収の拠点とする)
ゼウスは街の喧騒に背を向け、老人たちが指し示した、山際の急な坂道を見上げた。
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