第2話:攻略不能の法則(理)と一直線の接続

玉座の間に、刺客だった「モノ」が崩れ去った乾いた音だけが響く。

数段下の広間では、隣国の使者たちが、突如現れ一瞬で灰になった「正体不明の男」の光景に、腰を抜かして床にへたり込んでいた。

ゼウスは、虚空をなぞる不可解な動作を続けている。彼らにその指先が操作するパネルは見えない。だが、ゼウスが取り出した一通の書状は、彼らの目の前、中空の絶妙な位置にピタリと固定され、隠しようのない事実――自国王の署名を突きつけていた。

「な、なんだ……今の男は!? 我々は何も知らん! その書状も何かの間違いだ、捏造だ!」

階段の下で見苦しく叫ぶ使者たちを、ゼウスは一瞥すらしない。

彼は目の前の床――玉座のすぐ前に積み上がった灰色の塵を見つめていた。つい先刻まで自分を抱擁していた、敬愛する父上の成れの果てだ。

(……俺が継承したこの権限なら、不可能なはずがない)

ゼウスは家臣たちのすすり泣く声を背に、改めて管理パネルへと視線を戻した。

管理パネル内のウィンドウを高速でスクロールし、対象のログを検索する。

(……父上は前管理者だ。ログが残っていないはずがない)

(対象:先代魔王。最終ログ――玉座の間。管理領域内、死亡判定を確認)

(対象:先代魔王。座標ログを抽出……。ステータス:死亡、存在消失を確認。

バックアップ基準点:致死事象発生前(刃接触前)を指定。

……これを書き換える)

管理パネルで、操作を実行する。

(ロールバック実行。直前のバックアップ・データから再配置する)

ゼウスが虚空の「実行」を叩いた刹那、空間が一瞬、止まった。

「なっ、なんだ……?」

隣国の使者の一人が、言葉を漏らす。

誰もが、自分の瞬きが遅れたのか、それとも世界の方が遅れたのか判断できずにいた。

次の瞬間――

床に散らばっていた灰色の塵が、逆再生される映像のように宙に舞い上がる。それは一点に収束し、骨を、筋肉を、内臓を、そしてかつての威厳ある王の姿を完璧に編み直していった。

これが、ゼウスが定義した領域の理――

『事象の再構成』。

光が弾け飛ぶ。

そこには、以前と変わらぬ力強さで、玉座に深く腰掛けた父の姿があった。

父はゆっくりと目を開いた。

だがそこに、死の恐怖や苦悶の色はない。まるで、深い思索から覚めたばかりのように、静かに周囲を見渡した。

「……む?」

玉座の間に満ちる異様な沈黙と、家臣たちの息を呑んだ視線を受け、父はわずかに眉を寄せる。

「なぜ、皆そんな顔をしている。

私の身に、何かあったのか」

ゼウスは父をしっかりと見つめ、淡々と告げた。

「父上、死んでいました。」

その言葉に、父は言葉を失った。

「……そうか」

低く、納得したような声だった。

「だが、私には何も覚えがない。」

「致命傷を受ける直前の状態に戻しています。

その後の記憶がないのは、無理もありません」

父は短く息を吐き、玉座の背にもたれた。

「……なるほど。私は、生きている。それで十分だ」

そう言ってから、父はゆっくりと視線を上げ、玉座の前に立つゼウスを見据えた。

「お前がやったのだな」

「はい」

即答だった。

言い訳も、誇示もない。ただ事実として肯定する声。

父は数秒、ゼウスを黙って見つめていたが、やがて小さく息を漏らした。

「まったく……。私の知らぬところで、随分と大きくなったものだ」

叱責の色はない。

そこにあったのは、魔王として後継を見定める、静かな眼差しだった。

そのときだった。

玉座の間の重厚な扉が、轟音とともに蹴破られた。

飛び込んできたのは索敵部隊の隊長。全身に緊張を張り付かせ、片膝をついて声を張り上げる。

「若様、いや、陛下!境界線監視中の千里眼より、急報です!

隣国聖王国と思しき軍勢、現在確認できているだけで五千前後。

すでに我が魔界領へ侵入を開始しています!」

玉座の間の空気が、重く沈んだ。

「……五千か」

「交渉ではなく、殲滅を選んだということだな」

家臣たちの表情から、驚愕が消え、代わりにむき出しの怒りと戦意が宿った。

それはもはや誤解でも挑発でもない。

敵が本気で踏み越えてきたという、確定した事実。卑劣な策で王を狙い、その混乱に乗じて攻め入るという人間のやり方に、魔族たちの誇りが激しく波打った。

父の魔力が膨れ上がり、玉座を形作る黒曜石に細かな亀裂が走った。

「聖王国め……」

だが、ゼウスは静かに片手を挙げ、父上の怒りを制した。

「父上、落ち着いてください」

その声には、年若い王子のものとは思えぬ確信があった。

「侵攻は事実ですが、状況は把握しています。……私が動いた方が、結果は早く済みます」

「ゼウス……?」

ゼウスは管理パネルを操作し、領域内の座標へと意識を接続する。侵入した敵の動きは、すでにすべて可視化されていた。

その数、構成、進行速度は、空間情報として正確に把握されている。

指先を滑らせ、ゼウスは領域内に侵入した軍勢の前方空間に、自身の姿を巨大な幻影として投影する。

進軍する隣国の兵たちは、突如として空を覆った巨人のような少年の姿に足を止めた。

『警告だ。これより先は我が領域(ドメイン)。一歩でも踏み越えれば、命の保証はしない。即刻、引き返せ』

だが、返ってきたのは下劣な嘲笑だった。

「ははは! 見ろ、あの巨大な幻影!魔王を失った魔族が、子供のハッタリで命乞いをしているぞ!」

先頭を行く騎士たちが、嘲るように笑いながら、警告を無視してさらに前進した。

(処理開始――デリート)

ゼウスが、管理パネルの実行をした瞬間、音が消えた。

警告を無視して足を踏み出した騎士の肉体が、青白い粒子の奔流となって形を失う。

隣を歩いていた歩兵は、すぐそばにいた男の姿が途中で途切れた理由を理解する暇すらなかった。

軍勢は、前進を続けた者から順に、例外なく解体されていく。

砕かれた存在はすべて等しく「魔力」へと還元され、魔界領域へと吸収されていった。

「無意味な命だったが……魔力効率だけは悪くない」

ゼウスは、その膨大な魔力を即座にシステム上で再定義する。

(……この魔力の一部を使用。

敵王都の玉座の間まで、一直線のラインを固定。

領域接続用のパスを繋ぐ)

玉座の間から前方へ向けて、空間を食い破るような光の筋が一本、一直線に伸びた。

「父上、ちょっと落とし前をつけてきます」

驚愕に固まる父と、言葉を失った家臣たちを背に、ゼウスはその細い光のラインへと一歩踏み出す。

次の瞬間――

彼の視界は切り替わった。

そこは、隣国の王宮。聖王都の玉座の間だった。

玉座の間に足を踏み入れた瞬間、空間の感触がわずかに変わった。

壁も床も、見た目はそのままに、管理可能な情報として再定義されていく。

王国の中枢は、音もなく彼の領域へと編み込まれた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る