デッドオアリゾート

@hinohikari1

第1話:管理権限の発動(システム・コール)

魔王城の最深部、玉座の間。

そこはかつて、黒曜石の床が鏡面のように磨き上げられ、天井には魔界の星図を模した無数の魔晶石が冷徹な光を放つ、魔界の秩序と威信を象徴する空間であった。

だが今、平和条約の締結が執り行われるはずだったその空間は、絶望に塗りつぶされていた。

「父上……!」

ゼウスは崩れ落ちる父――魔王を抱きとめた。

父は、かつて大陸全土の連合軍をたった一人で壊滅させ、その魔圧だけで数万の軍勢を跪かせた、この世界における絶対的な最強者である。本来、人間の刃などが通るはずもなく、万一傷ついたとしても瞬時に再生する不滅の肉体を持っていた。

だが今、平和を誓い合う会談の最中、父の胸には刺客が残した小さな刺し傷があった。

ゼウスは、欠けた四肢すら瞬時に全快させる完全回復薬(フル・ポーション)を迷わず振りかけた。本来なら一瞬で元通りにするはずの至高の霊薬。しかし、その輝きは傷口に触れた瞬間に黒く変色し、不浄な汚水となって蒸発した。

「くそっ……! 完治しろ、根源から作り直せ! 最高位治療魔法『完全なる復元(フル・リカバリ)』!!」

ゼウスは必死に詠唱を重ね、対象の状態を損傷前に強制的に戻す回復魔法を父の傷口に注ぎ込んだ。全快を約束するはずの眩い光。だが、その光の粒子さえも、傷口から漏れ出すどろりとした闇に触れた途端、まるでノイズのように霧散し、無機質な拒絶反応を返すのみだった。

「無駄だ、ゼウス……。やめろ……」

父は溢れ出す黒い血を抑えることもせず、掠れた声で呟いた。

「これは……失われた太古の禁忌……『万物を拒む闇』。……生ける者が、決して触れてはならぬ呪いだ。もはや……いかなる術も、届かぬ……」

父が震える手でゼウスの額に触れた瞬間、情報の奔流が流れ込んだ。

魔王の座の継承、および自身の支配領域内における『支配領域の絶対権限』の移譲。

この時、ゼウスは理解した。自身の統治する魔界そのものが、巨大な一つの支配領域であることを。

――その時、魔王の息子として生きてきたゼウスの意識に、かつて「日本の高校生」だった記憶が完全に融合した。

前世の自分は、ゲーム制作ソフト『ソウゾウ』に狂ったようにハマり、寝食を忘れて理想の世界を構築し続けていた。マップの一マス、イベントの一行に至るまでこだわり抜き、その操作画面を脳裏に焼き付けていた日々。

不慮の事故で幕を閉じたであろう前世の記憶は、今、支配領域を自在に作り変えるための最強の武器として覚醒した。今のゼウスにとってそれは、単なる知識ではなく、意識に深く刻み込まれた「経験」そのものだった。

権限の移譲が終わるとほぼ同時に、最強を誇った父の体は冷たい石へと変わり、音もなく崩れ落ちて灰色の塵となった。

「……若様! 奴の気配が消えました! すでに城の外へ逃走を……!」

家臣が悲痛な叫びを上げる中、ゼウスはゆっくりと立ち上がった。その瞳からは既に涙は消え、代わりに見たこともないほど冷徹な光が宿っていた。

「いいえ。私の管理下にあるこの領域(ドメイン)からは逃げられない。……引きずり戻す」

ゼウスが虚空をなぞると、そこには彼にしか見えない「管理パネル」が展開された。

かつて使い倒した制作ソフトの画面そのままのインターフェース。彼はマップ上の検索ログから、逃走する刺客の個体データを瞬時に捕捉した。

(対象:刺客。ステータス:逃走中。現在座標をロック)

ゼウスの指がパネル上のコマンドを実行する。

刹那、何もない玉座の前の空間が激しく歪んだ。

「な、なああああっ!?」

絶叫とともに、一人の男が床に叩きつけられた。城外へ逃げ切り、勝利を確信していたはずの刺客である。彼は自分がなぜ、一瞬で魔王の遺灰が残るこの場に戻されたのか理解できず、腰を抜かしたままガチガチと歯を鳴らした。

逃れようと必死に身をよじっても、ゼウスが「固定」した空間に肉体を縫い付けられ、指一本動かすことができない。

ゼウスは冷たい沈黙を保ったまま、パネルを操作し続けた。本来、「インベントリ」と呼ばれる収納魔道具は、持ち主本人以外には開くことも中身を窺い知ることもできない絶対不可侵の聖域だ。

だが、このドメインの支配者となったゼウスにとって、それは単なる「アクセス可能な内部データ」に過ぎない。

「口を割る必要はない。お前の持ち物(データ)を見せてもらう」

ゼウスが虚空をなぞると、刺客の魔道具がシステム的に強制開示され、その中から一通の書状が浮かび上がり、管理パネル上にテキストデータとして展開された。

そこには隣国の国王ルードヴィヒの署名と共に、平和条約を隠れ蓑にした暗殺と、その後の大規模な侵攻計画が克明に記されていた。

「……隣国の国王か。父上を欺き、陥れた報いだ。お前も、父上と同じ苦しみを味わえ」

ゼウスがパネル上の「削除(デリート)」を実行した。

「ぎ……、あああああッ!!」

刺客の肉体は足先から急速に石化し、絶叫を上げきる暇もなく崩壊して、父と同じ虚無の塵となって消えた。

玉座の間に残されたのは、父の遺灰と、呆然と立ち尽くす家臣、そして顔面を蒼白にした隣国の使者たちだけだった。

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