第5話 「廃品回収と新聞」
――“働く”という武器
日曜日の朝は、平日よりも早く目が覚めた。
まだ外は薄暗く、台所からは母が味噌汁を作る音だけが聞こえる。
昭和の朝は、静かだ。
(今日は……試す日だ)
廃品回収の日
町内会の掲示板に貼られていた紙。
「廃品回収 午前八時より」
段ボール、新聞、雑誌、空き瓶。
今の俺にとって、
**一番“怪しまれない金の入口”**だった。
家の納戸を探る。
束ねられた古新聞。
読み終えた週刊誌。
父が飲んだビール瓶。
「それ、どうするの?」
母が不思議そうに聞く。
「廃品回収。手伝う」
一瞬、母は目を丸くした。
「……偉いじゃない」
この一言で、
信用という通貨が一枚、懐に入った気がした。
昭和の労働
町内会の人たちは、
俺を見ると自然に仕事を振ってきた。
「坊主、これ持てるか?」
「はい」
瓶は重い。
腕がじんとする。
だが、
この重さが嫌じゃない。
(これが……労働か)
50歳の俺は、
金が「数字」になる世界を長く生きてきた。
だが今は違う。
体を動かし、汗をかく。
昭和の稼ぎ方だ。
見返り
作業が終わる頃、
町内会長が俺に声をかけた。
「よく働いたな」
差し出されたのは、
封筒。
中身は――500円玉。
一瞬、呼吸が止まる。
(……でかい)
これまでの駄菓子稼ぎが、
一気に吹き飛ぶ額。
「ありがとうございます」
頭を下げながら、
胸の奥で確信が生まれる。
(これだ)
家庭内の変化
帰宅すると、
母が驚いた顔をした。
「そんなにもらったの?」
「うん。みんなで分けた」
事実だ。
俺は嘘をついていない。
「じゃあ、少し貯金しなさい」
母は、封筒を取り上げなかった。
(……通ったな)
これまでの小銭とは違う。
**“正当な収入”**は、扱いが違う。
新聞という情報源
翌朝。
父が新聞を畳みながら言った。
「新聞配達、昔はよく小学生もやってたんだけどな」
心臓が跳ねる。
「今は?」
「今は人手不足らしい」
(……来た)
面接という名の会話
数日後。
俺は父に連れられ、新聞販売店にいた。
油と紙の匂い。
電話が鳴り続ける。
「この子が?」
「はい。本人がやりたいって」
店主は、俺を上から下まで見た。
「朝、起きられるか?」
「はい」
嘘じゃない。
50歳の俺は、
もっと地獄の朝を知っている。
「雨の日もあるぞ」
「大丈夫です」
少し笑われた。
「……じゃあ、まずは日曜だけだな」
(十分だ)
初めての“定期収入”
初仕事の朝。
まだ星が残る時間。
自転車のカゴに積まれた新聞が、
やけに重い。
だが、
心は軽かった。
(毎週、決まった金)
投資家として、
これほど安心する言葉はない。
視線が変わる
学校で、先生が言った。
「○○くん、最近頑張ってるそうだな」
誰かが、見ている。
だが今回は、
悪い意味じゃない。
(“働く”は、最強のカモフラージュだ)
競馬の匂い
ある夜。
父と叔父が、居間で新聞を広げていた。
「今度のレース、荒れるぞ」
俺は、黙って宿題をしながら耳を澄ます。
(……名前が出た)
未来で知っている馬。
まだ、言わない。
今は聞くだけ。
帳簿の進化
ノートの表紙を、書き換えた。
「収支記録」
駄菓子の欄は消した。
代わりに――
・廃品回収
・新聞配達
数字が、
安定し始めている。
理解
布団の中。
(俺は、間違ってなかった)
いきなり競馬に行かない。
いきなり株を買わない。
まずは、
信用と習慣。
昭和は、
それを積み上げた者に優しい。
次の扉
目を閉じながら、
俺は次の段階を考える。
(労働で信用)
(情報で差)
(そして――助言)
知識チートは、
ようやく使える場所に近づいてきた。
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