第4話 「学区の壁」
――稼ぎの限界と、次の一手
春の風は、まだ少し冷たかった。
通学路の桜は咲き始めで、花びらはほとんど落ちていない。
ランドセルを背負った子供たちが、石ころを蹴りながら歩いている。
その輪の中に混じりながら、俺は考えていた。
(……限界が見えてきた)
学区という檻
俺が動ける範囲は、狭い。
この学校。
この通学路。
親に「危ない」と言われずに行ける距離。
つまり――学区だ。
駄菓子屋は三軒。
文房具屋は一軒。
どこも顔を覚えられ始めている。
「また来たね」
その一言が、
天井を示していた。
数字が語る現実
夜。
机に向かい、帳簿を開く。
最近一週間の利益。
・月 +40円
・火 +30円
・水 ±0円
・木 -20円
・金 +20円
合計――+70円。
(悪くないが……)
問題は、伸びないことだ。
50歳の感覚では、
この数字はほとんど“止まっている”に等しい。
焦り
(俺は、もっと知っている)
バブルの兆しも。
勝ち馬も。
伸びる企業の名前も。
だが、それらは――
今の俺には、全部遠い。
小学生。
無免許。
無収入。
無権限。
(知識だけじゃ、金は動かない)
その事実が、
じわじわと胸に刺さる。
事件:先生の視線
昼休み。
校庭の隅で、俺は同級生二人に菓子を渡していた。
「はい、これ」
「おー、サンキュー」
その瞬間――
影が差した。
「何してる?」
担任の先生だった。
白いワイシャツに、腕時計。
昭和らしい、少し厳しめの顔。
(……まずい)
頭の中で、選択肢が回る。
嘘の進化
「おつかいです」
即答。
「母に頼まれて、友達に渡してます」
事実を少しだけ混ぜる。
完全な嘘より、半分の真実。
「……そうか」
先生は一瞬だけ俺を見つめ、去っていった。
背中に冷や汗が流れる。
(次はないな)
稼ぎの終わりを悟る
その日の夜。
(もう、このやり方は長く続かない)
学区。
顔。
先生。
全てが、
見えない壁になり始めている。
(……じゃあ、次は何だ)
思い出した昭和
布団の中で、
ふと、50歳の記憶が蘇る。
昭和の小学生が、
当たり前にやっていたこと。
新聞配達。
空き瓶回収。
廃品回収。
(……あ)
**「働く」**という選択肢。
次の一手
翌朝。
「お母さん」
「なに?」
「新聞配達って、何年生からできるの?」
母は少し驚いた顔をした。
「急にどうしたの」
「友達がやってるって」
また嘘。
だが、前向きな嘘だ。
「……高学年からじゃない?」
(高学年か)
時間はある。
もう一つの可能性
学校帰り、掲示板を見る。
「廃品回収のお知らせ」
町内会。
月一回。
(これだ)
現金化。
合法。
怪しまれない。
競馬への伏線
その夜。
居間から、父の声が聞こえた。
「今週の天皇賞、どうだろうな」
新聞を広げる音。
俺は、そっと耳を澄ませる。
(……もうすぐだ)
知識チートが、
ようやく現実と繋がり始める。
決意
帳簿の最後のページに、俺は書いた。
「学区内商売:終了」
鉛筆で、薄く。
そして次の行。
「労働+情報」
50歳の頭が、
小学生の手を動かしていた。
(焦るな)
この昭和は、
まだ長い。
学区の壁は、
超えられない壁じゃない。
ただ、
回り込むだけだ。
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