性癖廻戦 中編
「この屋敷に近づくなよ…穢れる」「下劣な豚が…」「郷栗家の恥晒しが…」
準備を終え、屋敷を出るために縁側を歩いていると少し離れたところから、着物姿の連中がひそひそ声で陰口を叩くのが聞こえた。
「ずいぶん嫌われているみたいだな。ムカつくから殴ってこようか?」
「お気持ちだけ受け取りますわ。でも、これはしょうがないことですわ」
「しょうがない?」
「ワタクシは生まれつきの魔性持ちですの。そして魔性の性質も少し……変わっているし、彼らの気持ちも分かりますわ。陰陽庁がまだ陰陽寮だった頃からの名家、郷栗家の純血の娘ではあっても清純ではありませんもの」
賢子は目を伏せる。
「なら清純じゃない同士仲良くしようぜ。賢子」
「……え?」
「パッと見、俺と同い年くらいだろ。いつまでもアナタ呼びは落ち着かない。寅児って呼んでくれよ」
彼女は少しだけ目を丸くして、ふっと笑った。
「フフッ、いいでしょう。今から任務だというのにずいぶん威勢がいいこと」
それからまっすぐ寅児を見て手を差し出す。
「よろしく、寅児」
「おう!」
寅児もガシッと手を握った。
-----------------------------
------------------------
------------------
------------
-------
---
校門まで来た。
朝、生徒が次々と門に入っていく。
「ここが任務地の高校ですわ」
「おいおい、ここって名門の○○高校じゃねーか。こんなとこで魔性の被害が?」
「ここの生徒と思われる女の子が複数人。裏サイトに、うつろな目のまま出演している動画が上がってますわ。それも中には四股が無い状態で。癖(ヘキ)を感じますわね。そしてこの高校には過去二回ほど、陰陽庁から祭祀官を派遣しましたがいずれも行方不明。一昨日、派遣してた人間からの最後の連絡が途絶えて次はワタクシ達の番ってわけですわ」
「そんな場所に俺が行って大丈夫かよ……」
「ま、大丈夫ですわ」
「そうかなぁ」
「だってワタクシ、最きょ――」
「で?俺たちはこの高校の転校生とかいう設定なの?」
「……いいえ。魔性持ちが誰か分からない以上、正式な手続きを踏んで中に入るのはナンセンス。できる魔性持ちなら、ワタクシの存在を認識した時点でまず逃げますもの」
「じゃあどうすんだよ」
賢子は、校門の向こうを見ながら言った。
「ワタクシたちを見た人間に“ここにいてもおかしくない”と瞬時に思わせます。つまりオートで催眠ね」
「そんなことまでできるのか?」
「これはワタクシだけの力。ようは時間短縮ってやつですわ」
「(なんかバケモノじみてないか、この人。他の祭祀官も似たような感じなのか?)」
「これで、その魔性持ちを斬るのか?」
寅児は背負っていた刀ケースをぐいっと持ち直した。
「安心してくださいまし。それはなまくらでしてよ。ただし刃先には超高濃度の媚薬が塗ってありますので触るのはオススメしません。毒を持って毒を制すってやつですわ」
「ふーん、刀なんて当然だけど使ったことねーよ」
「今回は寅児がそれを使う状況にはならないでしょうね。ま、先輩のワタクシの背中をよく見ておくことですわね」
フンッと賢子は胸を張った。
「さて、話もこの辺にしてそろそろ……あ、そういえば大事なことを一つ、聞き忘れてましたわ」
校門に入ろうとした彼女の足が、ぴたりと止まる。
「なんだよ」
「あなたの、性癖は何かしら?」
「どーゆー雑談?」
「大事なことでしてよ。魔性持ちは狡猾な奴らばっかり。あの手この手でアナタを墜としにくるでしょう。もう子供じゃないんだから、恥ずかしがらずにここで言いなさい」
賢子は指を立てた。
「……じゃあ、言うけどさぁ」
頭をボリボリかきながら。
「純愛モノとか、女性優位モノとか。そういうのでしかしたことないな」
「ぜ、絶対ウソですわ!!そういう奴に限ってドギツイ性癖隠し持ってるんだから!!恥ずかしがらずに言いなさい!!」
「ホントなんだって……じいちゃんの遺言なんだ」
「……遺言?」
「あぁ、あれは去年の春────」
サァァァ……。
病院の個室の一室。
窓からは桜の花が散っている。
『いいか、寅児よ。これがワシからの最後の遺言じゃ。邪悪な……邪悪なエロ漫画で抜くんじゃないぞ』
『じいちゃん?いきなり何言ってんだよ』
『邪悪な、エロ漫画では……』
かくん…。
ピーーーーー!
『じいちゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!』
「そういうわけなんだ」
「クソみたいな回想でしたわ!」
「だから俺は人生で一度も、邪悪なエロ漫画で抜いたことがない。いや、俺は、絶対に邪悪なエロ漫画で抜くわけにはいかないんだ!」
「もうなんでもいいですわ……」
いつの間にか、生徒が門前からいなくなっていた。
「ワタクシたちもそろそろ入りますわ。寅児、こっち見て」
「ん?」
ぱちっ。
賢子はウインクした。
「ウインク?なんでしたの?」
「これで準備は完了ですわ。いざ、突入!」
賢子はズンズンと校門の先へ入っていく。
「あ、ちょっと待てよ!置いて行くなよ!」
『……………』
その二人を、上層階の空き部屋から覗いている男がひとり。
「ケヒッw」
-----------------------------
------------------------
------------------
------------
-------
---
「あえおあえ〜〜???およ???あほへへあほ〜〜〜〜??????」
「「……………」」
二人が学校に踏み込むとさっそく奇々怪界とも呼べる光景を目撃する。
廊下に机が一つ。
その上に『胴体』が置かれている。
四股が無い、目隠しされた制服の女の子。
無い四股を探してるのがバタバタともがいている。
口から涎を垂らして舌を突き出し、既に理性はこの世には無いようだ。
「これは、非道すぎる」
嫌悪感に寅児は眉に皺を寄せる。
「この子、潜入してた祭祀官の子ですわ」
「この子が、前任の祭祀官……」
「可哀想に。でも、この場にいたのがワタクシでよかった」
賢子はその子の額に、中指と人差し指をそろえて当てた。
トン……。
「…………!?」
その瞬間、机の上の『胴体』が消えた。
「おい!?今の子はどこ行ったんだよ!?」
「あの子は、この任務には最初から参加していないことになりましたわ」
「どういうことだよ」
「現実改変の魔性で彼女がそもそもこの任務には最初から参加していないことにしましたの。ホントはこの能力、使うには上からの許可が要るのだけれど。ま、始末書何枚か書きますわ」
「………すっご」
凄すぎて、寅児は考えるのをやめた。
「(それにしても、寅児はやはり逸材ですわね。さっき住宅街の階段でワタクシが直接『現実改変』で眠らせた時は効いてくれた。けれど、いまの祭祀官に対して『現実改変』を仕掛けた場合は記憶を保ったまま。本来、こういう手の干渉は発動者以外は記憶が残らないことがほとんど。なのに寅児は残っている。……逸材というか、ちょっと異常ですわ)」
まぁいい、今はこっち。
「あっちの部屋から、魔性の気配がしますわ」
賢子はすっと一方向を指し、資料室と書かれたドアを見据えた。
「この感じ。『来い』って言ってるみたい。よっぽど力に自身があるのかしら?いいでしょう。ワタクシ、ひとりで行きますわ」
彼女は一歩前に出る。
「おい!一人で大丈夫なのかよ。俺も一緒に――」
クスッと彼女は笑う。
「もともと今回は、寅児を戦闘行為に参加させる予定はありませんでしたわ。ただアナタの根性がどれくらいあるか試したかったの」
振り返らずに続ける。
「ここまで一緒に来れたなら合格。任務が終わったら、銀座で抹茶パフェでも食べに行きましょう」
そう言って、背中越しに手をひらひらさせる。
迷いなく資料室の中へガタンと入っていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます