性癖廻戦
あまもよう
性癖廻戦 前編
「オラァッ!!催ッッッッ眠ッッッッッッ!!!!」
「………………あ?」
目の前に、変態がいた。
春。
晴れの日。
男子高校生。
登校中。
住宅街の階段をくだりきったところ。
そこで、全裸で褐色で不衛生そうなデブの不審者にスマホ画面をいきなり見せつけられていた。
どぎつい紫の上で、黄色い渦が怪しい明るさで点滅しながらぐるぐると回っている。
少し気分が悪くなり頭にモヤがかかる感じ。
なにがなんだかわからない。
だが、とりあえず今するべきことはわかる。
「ア、アレ?おかしいなァ……」
「──────天誅!」
パコーン!
「ぎゃあ!!」
変態を蹴り上げた。
変な断末魔を上げて地面でバタつく。
奴が持っていたスマホも派手な音を立てながら床に転がり、2回ほどバウンドしてから地面に突っ伏した。
「やっぱ、春は変態が出る季節なのか?」
とはいえ、刺激が強すぎる格好と行動だった。
善良な一般市民として一応警察に通報しとくか。
………ぱちぱちぱちぱち。
「素晴らしいですわ!!!!」
「…………!?」
階段の上から、制服姿の女が拍手しながらゆっくりと降りてくる。
同じくらいの歳。
金髪くるくるツインテール。
ぱっちりとした黒い瞳……ハーフ?
天真爛漫or自信満々って感じにニッと上がっている口角。
別の高校の制服。
ぱつぱつな胸と健康的なくびれ。
グラマラスな太ももと黒いソックス。
「ワタクシの名前は郷栗賢子(ごくりさとこ)。陰陽庁所属の祭祀官(さいしかん)。アナタの名前は?」
「えっ。お、乙杯寅児(おつはいとらじ)」
おい、なに普通に答えてるんだ俺!
フルネームいきなり開示してくる時点でコイツも充分不審者だぞ!
……って、陰陽庁?そんな庁聞いたことないぞ。
「フーン、寅児くん、ね」
「(なんだコイツは……?)」
賢子と名乗る女は階段を降りきり、笑みを保ったまま寅児の横を通り過ぎる。
視線で追い続けると、彼女は床に転がっているスマホのそばへスカートを抑えてしゃがみ込んだ。
それからスマホを拾い上げて、画面を確かめる。
「おい。あんまその画面見るんじゃ…」
「ねぇアナタ、さっきこのスマホの画面少しの間だけど見ましたのよね?」
賢子はけろっとした顔をしながら画面を眺め、そのまま寅児へ問い掛ける。
「あ、あぁ?見たけど、アンタは見ても平気なのか?」
「えいっ」
ぺかー。
「ぐおっ!?」
彼女は拾ったスマホの画面のぐるぐる渦をこちらを見せつけてきた。
「おい、ナニしてんだテメェ!それ見せんじゃねぇ!」
怪しく光るその画面に、寅児は反射で手を伸ばして顔を背ける。
「これはいわゆる『洗脳アプリ』。画面を他人に見せれば屈服させることも奴隷にすることもいとも簡単に実行できる代物ですわ。普通の人間ならまずこの『魔性(ましょう)』からは逃れることはできない」
「せんのう!?ましょう!?ナニ言ってんだ!?」
「逃れる方法は二つ。自身も魔性を持ち『魔性持ち』となることで副次効果で後天的に『魔性耐性』を得るか、生まれつき先天的に『魔性耐性』を持っているか。アナタの立ち回りを見る限りまあ後者ですわね」
変な単語がポンポンでてきて頭が回らない。
あとさっきから見せつけられてる画面の光が眩しくて目の奥がチカチカする。
「少しうっとりした目になってきてますわね。ここがアナタの魔性耐性の限界。でも安心してよろしくてよ。これから鍛えればもっと強く……あら?この洗脳アプリ、一般的なモノと少し違いますわ。いや、だいぶ違う……これは洗脳というより常識改変。それも広範囲。……いや、この威力……現実改変!?ビックリこいたですわ!そりゃワタクシがこの場に呼ばれるわけですわ!ただの洗脳アプリ案件じゃなかったのですわね!?たまたま近くにいて、いきなり呼ばれただけだから分からなかったですわ!雑な命令ホント勘弁ですわ!アナタよくうっとりしてるだけで済んでますわね!?」
「とりあえず、もうスマホおろしてくれ…」
「ますますこの逸材を逃すわけにはいきませんわ!オラッ!催眠!」
「なっ!?………あっ」
賢子がスマホをおろし、
代わりに目を細めた瞬間――寅児の視界は暗転した。
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ぶおおおお……。
「ここは……」
「あら、起きましたの」
車の中だった。
寅児は後部座席の左側に座っていて、右隣に足を組んだ賢子がいる。
前の席では、黒いスーツの男が無言でハンドルを握ってている。
車は高級住宅街を走っていた。
「今からいったん、任務の準備のために屋敷へ戻ってますわ」
「俺、学校とかあるんですけど」
「そこは安心してくださいまし。こちらがアナタを公欠ってことにして休みにしておきましたわ」
「ハァ!?なに勝手に……」
「国家権力バンザイですわ!」
窓の外。
左手に木の門と白壁の屋敷が見えてきた。
深い軒、太い梁、黒く締まった格子。
ずいぶんとご立派な屋敷だ。
「そろそろ着きましてよ」
屋敷をまじまじと見る。
「(俺は、いったい何に巻き込まれてしまったんだ)」
すと、すと、すと、すと……。
「さっき、テレビで見たことある政治家が歩いてたんだけど……」
「いつもの光景ですわ」
屋敷の中、縁側を歩く。
左は白い砂利が広がり低い植え込みが静かに揺れている。
右は開けた障子の奥に畳の部屋が続いている。
賢子が先を行き、寅児はその後ろをついていく形だ。
寅児は落ち着かず物珍しそうに周りをきょろきょろと見回す。
「では、今から順番に説明しますわね」
賢子は声のトーンを一段階落とす。
「ことが始まったのは1995年。我々、日本政府に属する機密霊術的機関【陰陽庁】と世界的な霊術機関【教会】が共同で並行世界の研究を進めていた途中、ひとつの“兆候”を偶然掴みましたの」
「兆候?」
「現世を滅ぼしかねない規模の魔力……霊力……そういう綺麗な呼び方ではもの足りない、もっと恐ろしくて、もっと狡猾で、もっと下品で、もっと下劣な魔の力のエネルギー源。
誰が言い出したか、それは【魔性】と呼ばれだした」
「(さっきの洗脳アプリ?のことも魔性って呼んでたよな)」
「そして、その【魔性】を核にした神がかり的な力を持つ大怪異。『性罰の王』がこの世へ顕現しようとしている。そう確認されましたの」
「それって……よく分かんないけど、ヤバいんじゃ……」
「ヤバいなんてレベルじゃないですわ。今まで陰陽庁はあの手この手で解決策を探してきました。けれど、根本的な答えは未だ出ていない」
賢子は淡々と言い切る。
「それでもその時は確実に近づいてきている。『性罰の王』が現世に近づく影響で、既にその余波がこちらへ漏れ出してますの」
「まさか、それがさっきの洗脳アプリ?」
「イグザクトリー、正解ですわ。さっきの洗脳アプリみたいな外付けの魔性だけではない。肉体や精神にまで魔性で異常をきたした人間がチラホラ現れておりますの。魔性に侵された人間は性格が攻撃的になり邪悪に、そして性にも開放的になる。問題なのはそれが襲う人間だけじゃなく襲われる人間にまで一部が移ることですわ」
「襲われた人間まで魔性を持つのか?」
「いいえ。強大な魔性を持っていればその限りではないのだろうけど、『性罰の王』の余波で二次的に魔性を帯びた人間は、そこまでの量を肉体に抱えていないはず。だから伝わるのは魔性そのものじゃなくてその人間性。主に、性に開放的になってアホになりますわ。襲われてるのに『キモチー』『どうでもいいや』ってなるんですの。……まあ、魔性の性質によって多少差は出ますけど、大体同じですわ」
「最悪だな」
「ホント最悪ですわ!スマホならまだしも、肉体の異常なんてどうやって見分ければいいのかよく分かりませんし、カリスマ性とかアバウトなモノに魔性が宿ったらほぼ発見は不可能ですもの!」
「スマホならまだしも?見つける方法でもあるのか」
「我々も何もしていないわけではありません。魔性と考えられる霊的エネルギーに反応する感知器はあります。大まかな位置だけですけど。それに、【魔性持ち】なら同じ魔性持ちの“気配”……オーラみたいなものをなんとなく感じ取れますわ」
「(邪悪なエネルギーそのものと、それから派生する能力……それら全部をまとめて“魔性”って呼んでるのか)」
「『性罰の王』が初めて観測されたのは1995年。ネットポルノが世界的に台頭し始めた頃。世界中の人間の性への欲望がネットに集まり、それが入口を作った……そう考えられてますの」
「入口って……まさか、スマホの画面からその王様が出てくんの?」
「実際の形は分かりませんわ。けれど、今のところはその線が濃い。ヤツはダークウェブのさらに奥。果ての果てに入り口を構えている」
「(貞子?)」
「ヤツが現世に顕現する直前がだいぶ地獄ですわね。人類文明は崩壊寸前。まさに『エロ漫画化』そのもの。性的な法律が乱立して、人権なんて有って無いはず。いずれにしても人類史は終わりですわ」
寅児は眉に皺を寄せる。
「ワタクシもそうですが、代々特殊な力を持つ者たちはこれを【魔性事変】と認定して任務として対処に当たっています。
ですが、清純だの、純血だのを重んじる霊的エネルギーを扱う我々、陰陽庁のメンツでは、欲望の塊みたいな魔性とは相性が悪い。逆にしてやられることもしばしば」
賢子は一度、言葉を区切った。
「霊的な耐性はあっても、魔性に対する耐性……【魔性耐性】は別なんですの。……ですが」
そこで賢子が止まった。
ビシッ、と後ろを振り向き寅児を指さす。
「アナタには、『魔性耐性』の才能があるッ!」
ごくり、と唾を飲む。
「ワタクシに協力して、『魔性持ち』を一緒に捕まえて!」
指が、撃ち抜くみたいに真っ直ぐだった。
才能?協力?捕まえる?
ついさっきまで登校中のただの男子高校生で
春の空が青いとか、遅刻しそうとか、その程度の悩みで生きてたはずだ。
それが今は、知らない屋敷の廊下で、陰陽庁だの魔性だの王様だのを聞かされて
挙げ句――指名手配みたいに指差されてる。
断れ。
普通なら断る。
でも、断ったらどうなる?
いつかまたあの紫と黄色の渦が来るだけだ。
もっと最悪な未来も添えて。
それに……さっき俺はあの変態を蹴り倒した。
怖かったけど体は動いた。
俺は、“動きたい”。
「やってやるよ」
「…………!」
賢子がニッと笑う。
「エロ漫画みたいな展開は、エロ漫画の中だけで充分だ」
俺の普通は、今日で終わった。
待っているのは、ピンク色か赤色の未来。
『性癖廻戦』
To be continued…
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