入社試験

敷知遠江守

この卵を売ってください

「ここに卵が十個あります。どのような方法でもかまいません。これを明日までに一円でも高く売ってきてください。これが入社試験の最終問題となります」


 かかった経費は請求してくれてかまわない。ただし領収書を持ってくる事。販売したという証拠として領収書を切ってくる事。

 こうして私たちは、一パックの卵と領収書の紙を渡された。


 リクルートスーツ姿で卵を手にしている女性が一人、ポツンと立派な商業ビルの前に立っている。こんなにシュールな光景も無いだろう。恥ずかしさは感じない。それよりも、途方に暮れているという感じ。他の人たちも右に左に首を傾げ、ぶつぶつと独り言を言いながら、卵を抱えてどこかに歩いて行った。


 一体どういう事なのだろう? そもそもの話として、試験の意味も意図も全くわからない。


 とりあえずスマホで検索してみよう。調べては駄目とは言われていないから、問題無いだろう。


”この試験は経済の知識がどの程度あるかを知る事ができます。また、営業力、発想力も知る事ができます”


 経済の知識、一円でも高く売るという事は、つまりこの場合、この卵に付加価値を付けろという事になると思う。通常の卵よりも高くても買うと言ってくれそうな何かを。

 実は名古屋コーチンの平飼い卵という事にするとか?

 詐欺で売るのは、さすがにモラルが無さすぎるか。それ以前に、その程度の付加価値では高く売れてもたかが知れている。


 発想力という事は、面接官があっと驚くような売り方を考えろという事になるのだろう。

 あっと驚く売り方……下着と一緒に撮った写真でオークションサイトにアップするとか?

 いや、発想力ってきっとそういう事ではないと思う。そもそも、そんな売り方して、明日の面接でどんな顔で報告すれば良いのかわからない。


 なるほど、検索しては駄目と言われなかったのはこういう事か。つまり調べても無駄だからご随意にどうぞという事なのだろう。


 きっと両親に相談すれば、両親は誰かに相談してくれて、言い値で領収書を切れば良いって言うのだろう。通常より高く買ってくれる人を両親が紹介してくれましたという報告をすれば良いだけ。つまり、私にはそういうコネクションがあるというアピールにはなる。

 だけど、それはいわゆる自爆営業でしかない。


 発想力。発想力。発想力。


 殻に色を塗って、ピンクやシアンのヒヨコが生まれる卵だって売り文句で売るのはどうだろう?

 さすがにそんな手口で騙される人はいないか。


 卵と言えばイースターエッグ。

 私に少しでも絵心があればなあ。この卵に綺麗な装飾を施して芸術品に変えて高く売るのに。悲しいかな私の絵心は小学校低学年で止まってしまっている。


 もう十一時か。明日までにどうやってこの卵を売れっていうんだろう。

 ずっと卵の事を考えたせいか、お腹が空いてきてしまった。


 ……そうか!

 なにも卵のまま売る必要なんて無いんだ。卵料理にして売ってしまえば良いんだ。

 でも、どこでどうやって?


 オムライスにして、ケチャップでハートを書いて、「萌え萌えキュン!」とか。

 なんでこう、私はちょくちょく発想がいかがわしい方向に行ってしまうのだろう。


 はっ! 何かわかってしまったかも!


 とりあえず、スーパーに行って材料を購入しよう。かかった費用は請求してくれて良いというのだから、それはすなわち材料費はいくらかかってもかまわないという事だと思う。

 なればここは贅沢に牛挽き肉を多めに使おう。せっかくなのでお高い銘柄米なんて使ってみよう。あとは人参と玉葱、パン粉にポン酢、スパゲッティ。隠し味はリンゴジュース。


 ご飯は気持ち水を少なめに。

 玉葱を半個分擦りおろし、残りを全てみじん切りに。みじん切りした玉葱を炒めたら冷めるまで待つ。

 その間に人参を少し大きめに切って煮て、溶かしバターに絡めておく。

 玉葱が冷めたら、挽き肉とパン粉、塩、胡椒、ナツメグ、玉葱を入れてよく混ぜる。

 スパゲッティの味付けはケチャップだけのストロングスタイル。


 熱したフライパンに小判型に成形したハンバーグを敷いて蓋を閉じる。すると、焼けた頃には結構な脂が出る。

 この油にポン酢と、おろした玉葱を入れて火を通し、沸々としてきたらリンゴジュースを入れ、水溶き片栗粉を回し入れる。


 最後に、貰った卵を目玉焼きに。


 パックにご飯を詰め、おかずの部分にスパゲッティを敷き詰め、その上に人参とハンバーグ。ハンバーグの上に目玉焼き。その上からオニオンソースの餡をかける。

 これでお弁当のできあがり!


 あとは、これをクーラーボックスに入れて、終業時間に合わせて、あの会社の前で販売しよう。きっと守衛さんあたりが憐れんで買いに来てくれるに違いない。



 十八時。再度リクルートスーツに身を包み、会社の前に行き、クーラーボックスの上に弁当を並べて叫んだ。


「入社試験の最終問題中です! ご協力お願いします! 手作りお弁当を持ってきました! なるべく高く買ってください!」


 するとビルから独身男性がわらわらと出て来て、弁当はオークション状態になってしまい、信じられない値段で売れてしまったのだった。

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入社試験 敷知遠江守 @Fuchi_Ensyu

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