おっさんとエルフのジレンマ
雪村灯里
庭に2羽ニワトリを持ったキミが現れた(前編)
嗚呼……。なんて背徳的なんだ。
俺は焼き立てのパンケーキを前に、精神を集中する。ムラなくキツネ色に焼きあがった表面。その滑らかな肌の上でバターが
「いただきます」
箸で一口分に割いて口元に運ぶ。
「のーーう! アスナ、邪魔するぞ」
本当に邪魔だ。禁断のおやつタイムに水差しやがって。あの能天気な声は……ミモザ!?
――説明しよう。ミモザとは過去、共に旅したエルフだ。俺は彼女の声が聞こえた庭を見て、凍りついた。
庭に、2羽ニワトリを持ったアイツが居る。
これは、幻覚か? 静かに箸を置いて目頭を揉んだ。20代前半・色白。エルフにしては小柄で、蜂蜜色の長髪にバター色の
早口言葉を体現するんじゃない!
久しぶりに見た彼女は、全く変わっていなかった。まぁ、長寿で緩やかに老いる種族だから当たり前なのだが……。それでも俺の記憶から飛び出して来たみたいで、懐かしさと淡い切なさを感じた。俺はガラス戸を開け放ち、懐かしい顔に答える。
「俺はアスナじゃない! アスナロだ!!」
もはや俺達の挨拶テンプレと化した、このセリフ。これを聞いたミモザは嬉しそうに「ふん!」と鼻を鳴らした。ガチで
「ほ~ら、見て? パパだよ♡」
はぁ? なに言ってんだコイツ!
行儀よくミモザの小脇に収まる2羽の
「コッ?」
「ココッ?」
おい、お前たち。何で『え? マジで?』みたいな反応をした??
さっきまで大人しかったニワトリ達が羽ばたいた。目を輝かせ、俺に向かってくる。
「「
ちがーーーーう!!
◆
俺はミモザに焼きたてのパンケーキを差し出した。
「わぁ♪ 相変わらず料理が上手いのう♪」
彼女は嬉しそうに蜂蜜を回し掛け「いただきまーす♪」と、食べ始めた。パンケーキを口に含んだミモザは、幸せそうに身悶える。
俺も冷めたパンケーキをぱくりと食べた。うん、旨いものは冷めても旨い。そのリアクションに免じて、俺のパンケーキの焼きたてを奪ったことは許そう。
「それより、あのニワトリはどうしたんだ?」
話題の2羽のニワトリ達は、庭の木陰で
「ん~? 最近、人を助けてな。礼に卵を貰ったのじゃ。良い卵だったから、アスナロに食べさせたくてのう。好きじゃろ? 卵料理」
「ああ、好きだ。それで? 貰った卵はどこ行った。まさか、その卵が孵ったとか馬鹿な事言わないよな?」
「話のオチをヨムな! せっかちだのーう。だが、そうじゃ? あーしの豊満な胸で抱いて、大切に持ち運んでいたら孵った」
『孵った』ってそんな……!!
ミモザは「どうだ!」と、言わんばかりに胸を張った。俺もまさかと思い、チラリと盗み見る。……何が豊満だ! 育ったかと思って損した。普通だ普通。手に収まる
というか、ミモザがあのニワトリ達のママじゃないか。いくらエルフが動物に好かれ易いとはいえ限度がある。簡単に孵り過ぎだ!!「責任もって育てるんだぞ」と、言おうとした時だった。
「まだ
鋭い角度の質問を投げられ、咽そうになった。慌てて茶を煽り飲み、
「……ああ。
「分かっておる。ワザとお主にだけ聞いてるのじゃ」
「訂正。だからババアは……」
「でりかしーが無いのはオマエじゃ」
開眼して睨まれた。新緑のような瞳も久々に見た。こんなやり取りも懐かしく、あの旅を思い出す。感傷に浸りそうになった俺に対して、ババアの応酬が始まった。
「ふ~ん。あーしはピッチピチの? ボンキュッボンな? 美女エルフのままじゃが、アスナロはちょーっと会わないうちに白髪が増えたの~う?」
「当たり前だ! 俺だってもうすぐ40なんだ。あの旅でミモザに掛けられた苦労が、いま髪にキてるんだよ。ちなみに会うのは8年振りな」
彼女の言う通り、俺も歳を取った。黒々としていた髪も、チラホラ白髪が混ざりはじめた。まだ後退はしていないと信じたい。
俺が彼女と出会ったのは29歳の時だ。2年間の旅を経てパーティは解散。その後は荒れた国内を復興する為、各地を点々としていた。さすがに「生活拠点をつくるか」と、なって5年前にこの薬屋を開いた。なかなか濃密な10年だ。
「で、最近ミモザはどうなんだ?」
「ああ。探求の旅を楽しんでおる。旧世界の言語にもハマり始めてなぁ。楽しみが尽きないわい!」
茶を飲みながら「かっかっか!」と楽しそうに笑う彼女。ミモザはこの国の創生神話に興味があるらしく、各地を旅して調べていた。心の支えが有って何よりである。
「それでな? いま最も、あーしの中でアツいのがこれじゃ!」
彼女は
「何だこれ。卵型の宝石?」
尋ねるとミモザの纏う空気が変わった。彼女は妖しく笑って、この石の名前を告げる。
「これは『女神の卵』じゃ……」
次の更新予定
2025年12月26日 12:00
おっさんとエルフのジレンマ 雪村灯里 @t_yukimura
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