エピローグ『五線譜の上の、新しい朝』
あの大騒動から、半年が過ぎた。
人気絶頂のスター・篠原善治による「ドームでの公開告白」は、世界中のメディアを駆け巡り、一時は芸能界を揺るがす大スキャンダルとなった。
けれど、彼が一切の言い訳をせず、ただ真っ直ぐに「彼女がいなければ自分の歌は存在しない」と語り続けた姿勢は、皮肉にもファンの絆をより強くすることになった。
――現在の善治は、以前よりもずっと、穏やかな顔をして歌っている。
「……ねぇ、善治。またその癖」
都内にある、防音設備が整った新しい自宅ののリビング。
ピアノの前に座る私に、ソファで譜面を眺めていた善治が顔を上げた。
「え、どの癖?」
「考え事をしてると、左のピアスを触る癖。……それ、もう安物なんだから、あんまり触ると壊れちゃうよ」
善治は可笑しそうに笑い、私の隣に歩み寄った。
彼の耳元で揺れる銀色のピアスは、三年前のあの日のまま、今も大切に輝いている。
「いいんだよ。これが俺の『原点』だから。……それに、これを見るたびに思い出すんだ。雨の中、傘も差さずに俺を見上げてた、意固地で愛しい女の子のことを」
「もう……その話は禁止」
私が頬を染めて鍵盤に目を戻すと、善治は背後から私を包み込むように腕を回した。
彼の体温と、最近お気に入りの少しシトラスが香る香水の匂い。
三年前、練習室で凍えていた二人の姿は、もうどこにもない。
「優里、次のシングル……君にピアノを弾いてほしいんだ。公式のクレジットに、『滝沢優里』の名前を載せて」
「えっ、でも、それじゃまた騒ぎに……」
「いいんだ。俺たちのラブソングは、二人で完成させるものだって、もう世界中に宣言しちゃったから」
善治は私の指先に自分の指を絡め、鍵盤の上に優しく落とした。
ポーン、と柔らかな音が、朝の光が差し込むリビングに響く。
「三年前の嘘も、離れていた時間も、全部この曲のイントロだったんだって、今なら思える」
彼は私の髪に優しく口づけを落とし、私の耳元で、あの頃よりもずっと深く、確かな声で囁いた。
「おはよう、優里。……今日も一緒に、最高の歌を作ろう」
窓の外には、抜けるような青空が広がっている。
私たちの五線譜は、まだ書き始められたばかりだ。
これから重なる無数の音符たちが、どんなに輝く旋律を描いていくのか。
私はもう、何も怖くなかった。
Love Song with You 〜終わらないアンコールの幕開け〜『一本のコードが繋いだ運命、三年の絶望を越えて 〜世界で一番わがままな歌い手に愛されて〜』 比絽斗 @motive038
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