第1話

 入学してからなんやかんやしていたらあっという間に三ヶ月ほどが経過していた。


 その間、俺は仲良くなった四人グループの女子たちと上手く友人関係を構築していき、とても馬鹿みたいで楽しい大学生活を謳歌していた。この間なんて女のプライド(俺の場合は男のプライドだ)と夕食代を一回奢って貰える権利を賭けてボウリングでバトルしたのだが、結局朝までボウリングがもつれ込み(みんな俺が単独で勝つのが許せなかったらしく何度も再戦が申し込まれた)、夕食というかもはや朝食と言っていいくらいの時間にみんなで疲れた身体でラーメンを啜る、なんて感じだった。


「あ”ー、暇」


 大学内のカフェテラスのテーブルで対面に座る暁月凪沙あかつきなぎさは椅子の背もたれにもたれ掛かりながらそう呻き声を上げた。凪沙は黒髪ボブに白のキャップを被っている、ストリートカジュアル風味のファッションを好む女子だ。いつも何処か気怠げで面倒くさがりで、そう言ったところが俺と似ていて、講義をサボって街に遊びに行くのは大抵凪沙と一緒なことが多かった。


「木曜は空きコマが二コマもあるからな。やることなくなるよな」


 俺が言うと凪沙はズルズルと椅子から滑り落ちながら言った。


「そーなんよねぇ……。先週はこの時間何してたっけ?」

「先週はラブホ見学会」

「あー、やったやった。あのインスタの投稿を見た時の雪菜と乃愛の焦りようは面白かったなぁ」


 ラブホ見学会とはその名の通り、男女がアレを致す場所であるラブホの内観に興味を持った凪沙が何故か俺を連れて見学に行く、という催しのことだった。催し、と言っても今のところ先週の一回しか行ってないけどね。その時、凪沙が「ラブホで匂わせして二人をビビらせようぜ」とか言い出して、俺もそれにノリノリになってこだわりの匂わせ写真を撮り、インスタに投稿したのだ。ちなみにそれを見た雪菜と乃愛からすぐさま返信が来て、イタズラだと分かった二人からかなり怒られました。


 もちろんラブホに行ったからと言って間違いが起こることはなかった。この三ヶ月で友人たち三人が俺に強引に性欲を振りまくタイプではないことは分かっていたし、そもそも前世で置き換えると男二人でラブホに見学に行ったのと変わりがない。間違いが起こるはずもないのだ。


「あっ、それならいーこと考えた」


 そんな風にグダグダ時間を潰していると、ふと凪沙が声を上げた。俺はスマホから顔を上げて彼女の方に視線を送る。


「良いこと?」

「うん。今日も二人の三限が終わるまでかなり暇じゃん?」

「そうだな」

「というわけで、ちょっと私の買い物に付き合って貰っても良い? 買いたいものがあるんだよね」

「もちろん買い物くらい構わないが……。良いことってただの買い物なのか?」

「そ。ただの買い物」


 何故ただの買い物が良いことを思いついたってことになるのかは分からないが、俺は何の疑いも持たずに彼女について行くことにした。それから辿り着いたのは何と前世で言うところのテ○ガショップ——要するに女性向けエログッズ専門店だった。



   ***



 私は大学で出来た唯一の男友達——雨宮蓮を連れて女性向けのエログッズ専門店に来てしまっていた。内心では心臓バックバクだし今すぐにでも心臓が口から飛び出していきそうだったが、緊張や興奮をしていることを蓮に悟られないように必死に仮面を被って内心をひた隠す。


 蓮は私たち三人と恋人関係になりたいわけではなく、ただの友人関係になりたがっているということはこの三ヶ月で嫌というほど思い知らされた。直近ではラブホ見学会と称して二人きりでラブホなんかに行ったりしたのだが、彼はただ珍しいものを見るかのようにはしゃぐだけで一切そう言った雰囲気を感じさせなかった。


 マジで狂う。普通の男性は高嶺の花という言葉が似合うほど上品で堅物なことが多く、彼らと下ネタで笑い合ったりくだらない遊びをしたりなんて絶対に出来ないが、その点蓮はどちらかというと女性の感性に近く、一緒にくだらない下ネタで笑い合ったりくだらない遊びで朝まで遊んだりすることが出来て、男性としては希有な存在だった。


 距離感も異性を感じさせないほど近くて、一緒にファミレスに入って隣の席に座ろうもんなら(そもそも男性とファミレスに入れている時点で異常なのだが)、肩と肩が当たったり太ももが当たったり、挙げ句は横を向くとクッソ近くにその美しい顔面が迫っていることも多々あった。そんな状況で押し倒さずに我慢している私たちは偉いと思う。褒めて欲しい。


 これで蓮が私たちを弄ぶつもりでそうしているのならクズ男として切り捨てれば良いだけなのだが、彼は本心から私たちと同性のような感覚で友達をしており、その気持ちは純粋で、そうであるが故に私たち三人の情緒はもうグチャグチャにされてしまっていた。雪菜も乃愛も言っていたが、帰ったら今日の思い出で速攻でヌくと言う。ま、そりゃそうだよね。


 で、そんなんだから、私たち三人は密かに同盟を結び、蓮に性的に見て貰うためにはどうすればいいかということに対して試行錯誤を重ねていた。先日のラブホ見学もその作戦のうちの一つだった。まあ惨敗で終わったんですけどね。残当。


 今日蓮をこのエログッズ専門店に連れてきたのも、私はエロい女ですよということを遠回しに伝えて異性として無意識に意識させ、徐々にそっち方面の欲を引きずりだそうという作戦だった。安直と言えば安直な作戦だ。


 しかし——


「ほへぇ……最近のエログッズって凄いのな。こんな種類あるのかよ……」


 蓮は何の恥じらいもなく興味津々に女性向けエログッズを眺めていた。


 そこは恥ずかしがれよ! ちょっとは意識しろよ! 女性向けエログッズ専門店なんだぞ! 普通の男なら妄想でスイッチが入って発情しているところだぞ! 何で一切性的なものを感じさせないんだよコイツは!


 内面でそうツッコみながらも、逆に気心の知れた男性である蓮が普段自分たちが使っているようなエログッズを興味深そうに眺めていてさらに情緒がグチャグチャにされる。恐ろしい子……! えっ、てか今蓮が手に取ったヤツ、私が普段使ってる愛用品じゃん! うわっ、早速今日の晩ご飯のおかずが決まってしまった。


「で、凪沙は普段どれ使ってるんだ?」


 まるで同性にふざけて聞くかのようなテンションでそんな爆弾発言をする蓮。口元は完全にニヤついている。彼からしてみればただの同性に言うような軽い冗談のつもりなのだろう。だが、もちろん私の心臓は宇宙に行ってしまうんじゃないかってほど跳ねてバクンバクンと激しく音を鳴らす。今貴方が手に持っている奴です、なんてことは口に出来ず私は誤魔化すように言った。


「そら決まってるでしょ。秘密よ」

「ま、そりゃそっか。流石に生々しすぎてキモいか」


 逆なんです! キモいんじゃなくて興奮してしまうんです! キモいのはむしろ私の方なんです!

 蓮の言葉に心の中でそう絶叫しながら、そんなことはおくびにも出さずに冷静な感じで言った。


「私の目当てはもー決まってるから。さっさと買ってさっさと出るよ」

「えー、でもこういうとこあまり来ないからもうちょっと見てみたいんだけど」

「…………駄目。今から大学帰ったらちょうど三限終わりだから。見てる時間はほぼないって」


 一瞬、蓮とここに残ってエロ談義をしても良いんじゃないかという誘惑に駆られるが、すんでのところで自分の強烈な誘惑に耐えた。これで蓮や雪菜たちとの友人関係を壊さずに済んだ。危なかった……もうちょっとでどっちとの友情も壊れてしまうところだった……。


「そっか。確かにここまでそこそこ歩いたもんな。あまり時間ないか」


 蓮は私の言葉にそうすんなり納得した。……ちょっと悲しい。少しくらい引き留めようとしてくれたっていいじゃん。


 そうして私の作戦は完全に敗北し、私だけが無駄に発情させられるだけで終わった。マジ蓮が強敵すぎる……。ちなみにエログッズを買っているところはバッチリ見られ、それで余計に興奮してしまったことはご愛敬とさせていただこう。……我ながら救えないほどの変態過ぎるな、本当に。

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貞操逆転世界の女たちと男友達みたいにツルんでたらもれなく全員完落ちしていた件 AteRa @Ate_Ra

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