第2話帝国の影
目を覚ました瞬間、柔らかな布の感触に戸惑った。視界に飛び込んできたのは、見慣れない天蓋付きのベッドと、壁に並ぶ豪奢な装飾。深い赤のカーテン、金糸で縫われた紋章、窓の外には石造りの塔が見える。
(……ここ、どこだ?)
昨日の記憶が断片的に蘇る。光に呑まれ、玉座の間、肩に刻まれた紋章、そして気絶――。
「……萬子さん?」
隣のベッドで眠る彼女の顔を確認し、胸の奥が少しだけ軽くなる。彼女の寝息が規則正しく響く。
俺はゆっくりと起き上がり、部屋を見渡した。家具は重厚で、どれも見たことのない形。異世界だという現実が、じわじわと重くのしかかってくる。
その時、扉の向こうから甲冑の擦れる音が近づいてきた。
(誰か来る……)
扉が静かに開き、鋭い目つきの初老の男が現れた。灰色の髪を後ろに撫でつけ、黒いローブを纏っている。その姿は威厳に満ちているのに、冷たい計算を隠しきれていない。
レオニード――宰相。召喚の儀で見たときと同じ、氷のような視線だ。
「目覚めたか」
低く抑えた声。挨拶はない。必要ないのだろう。彼はもう俺たちを知っているし、俺たちも彼を知っている。
レオニードは一歩進み、窓辺に立った。外の景色を見下ろしながら、淡々と語り始める――。
灰色の髪が光を受けて鈍く輝き、黒いローブの裾が静かに揺れる。
「帝国の始まりは一つだった。五百年前、初代皇帝の時代に――」
低く抑えた声が、部屋の空気を震わせる。
「だが、その皇帝は双子の姉妹を妻に迎え、それぞれに子を設けた。血を巡る争いを避けるため、帝国は三つに分割された。東、西、そして中央だ」
彼は指を三本立てる。
「東と西は代々、直系の女帝が継ぎ、中央は男系が継ぐ。それが五百年続いた秩序だった」
萬子が眉をひそめる。「でも、今は?」
レオニードの声がわずかに低くなる。
「ここ百年で東西の関係は悪化した。覇権を巡る争いは激化し、中央はその狭間に立たされている。地理的に橋頭保――侵略の最前線だ」
窓の外には遠く、城壁の向こうに広がる平原が見える。そこに、戦の影が潜んでいるような気がした。
萬子が小さく息を吐く。「じゃあ、私たちが呼ばれたのは……」
「帝国の命綱だ」
レオニードが振り返る。その鋭い目が、まっすぐ俺たちを射抜いた。
「君たちの力が必要だ。この世界に秩序を取り戻すために――いや、真の秩序を築くために」
その言葉に、背筋がぞくりとした。(秩序?なんか言い方が……ただの防衛じゃないな)
レオニードの視線は氷のように冷たく、何かを計算している光を宿していた。
俺は息を呑む。異世界に呼ばれた理由――それは、俺たちが思っているよりずっと重く、危ういものなのかもしれない。
窓の外、遠くの平原に影が伸びていた。戦の影か、それとも――もっと大きな何かの影か。
胸の奥で、不安が静かに膨らんでいく。
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