連載 異世界召喚された俺、姉の親友と帰還を目指す旅をする
しのん
第1話光に呑まれる日
「姉ちゃん、驚くかな」
助手席で呟いた声が、エンジン音に溶けた。
羽牟ケイタ(はぶ けいた)――十四歳、中学二年。
姉が一人いて、その姉の親友が今、運転席に座っている。
加藤萬子かとう まんず、十九歳。近所のお姉さんで、ケイタにとっては昔から憧れみたいな存在だ。
今日、二人は東京へ向かっている。
姉ちゃんにサプライズで会いに行く――その計画は、ちょっとした冒険だった。
ケイタはスマホを握りしめながら、ちらりと萬子さんを見た。
免許を取って間もない彼女が、最近手に入れた中古車を操っている。
車は黒のセダン。少し古いけど、艶のあるボディに萬子さんのこだわりを感じる。
マニュアル車のギアを操作する彼女の指先が、妙に大人びて見えた。
ケイタは胸の奥がざわつく。
――やっぱり、ちょっとカッコいい。
「驚くでしょ。だって、私もまだ免許取ったばっかりだし」
萬子さんは笑った。
その笑顔に、ケイタは視線を逸らす。頬が熱いのを悟られたくなかった。
「東京まで、ほんとに大丈夫?」
「大丈夫。ナビもあるし、ケイタが隣にいるし」
その言葉に、ケイタは苦笑した。
――俺なんか、役に立つのかな。
でも、萬子さんと一緒にいるだけで、ちょっと誇らしい気分になる。
その時、視界の端で何かが光った。
ケイタの指が反射的にダッシュボードを叩く。
「危ない!」
萬子さんが驚いてブレーキを踏むより早く、極小の飛び石がフロントガラスに当たり、カチンと乾いた音を立てた。
「……え、今の何?」
「飛び石。トラックのタイヤから跳ねたやつ」
ケイタは肩をすくめる。
「ゲームでこういうの見慣れてるから、つい」
「さすがゲーマーだね……」
萬子さんが苦笑する。
ケイタは心臓の鼓動が速いのを感じながら、窓の外に視線を戻した。
その瞬間、遠くの空に白い光が立ち上がった。
「……何、あれ」
萬子さんが呟く。
光は柱のように天へ伸び、次第に広がっていく。
ケイタが息を呑んだ瞬間、視界が真っ白に染まった。
音が消え、重力が消え、ケイタはシートから浮き上がる。
「えっ――」
声を出す暇もなく、世界が反転した。
* * *
目を開けると、そこは城だった。
赤い絨毯、石造りの柱、黄金の装飾。
ケイタは息を呑む。
隣には萬子さん。二人とも、無傷だ。車はない。
「救世主よ、よくぞ来てくれた」
玉座に座る男が言った。
白銀の鎧、王冠、冷たい笑み。
周囲には兵士と侍女、そしてローブ姿の老人たち。視線が突き刺さる。
その時、玉座の脇から一人の男が進み出た。
鋭い目つきの初老の男。灰色の髪を後ろに撫でつけ、黒いローブを纏っている。
「宰相のレオニードと申します」
低い声が、冷たい刃のように耳に刺さる。
「あなた方は、帝国の古代儀式によって呼ばれました。我らが国を救うために――」
レオニードの声が玉座の間に響く。
「その力を確認する必要があります。刻印を鑑定せよ」
兵士が近づき、ケイタと萬子さんの肩の服を少しずらす。
そこには、青と茶の紋様が絡み合う刻印。
萬子さんの肩には、赤と緑の紋様。
レオニードの目が細くなる。
「……二重刻印。まさか、二人ともとは」
ざわめきが広がる。
ケイタは意味がわからない。ただ、不安だけが膨らんでいく。
レオニードが片手を上げ、鋭く命じた。
「宮廷刻印士、属性を確認しろ」
ローブ姿の男が進み出る。肩に工具のような革袋を下げた職人風の男だ。
「承知しました、宰相閣下」
低く答え、ケイタと萬子さんに視線を向ける。
「意識を刻印に集中してください」
淡々とした声。
「力は、あなたの意思に応えます、名をお教えください」
「萬子」
「ケイタ」
ケイタは試しに肩に意識を向ける。
次の瞬間、青と茶の紋様が淡く光った。
「ケイタ……水と土……」刻印士が低く呟く。
萬子さんの肩も、赤と緑が輝く。
「萬子……火と風……」
玉座の間がどよめく。
レオニードの視線が鋭く光り、低く言った。
「……英雄の再来か」
ケイタは背筋が凍った。
――何が起きているんだ。
「……十分です」
レオニードが短く告げる。
「休息を取らせましょう。力の発現は負担が大きい」
その言葉と同時に、強烈な疲労感がケイタを襲った。
視界が揺れ、膝が崩れる。
最後に見たのは、萬子さんが同じように倒れる姿だった。
* * *
目を覚ますと、柔らかな寝台の上だった。
天蓋付きのベッド、豪奢な調度品。
ここは……客室?
ケイタは頭を押さえながら、深く息をついた。
――何が、起きたんだ。
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