駆け抜ける少女みたいな話し
一体、誰が紳士淑女のように、この世界を生きろと言うのか。
生きなくちゃいけん。
生きて、紳士淑女のように生きねばならない。
当たり前だ。
紳士淑女のように生きれば、生きていけるわけではない。
読み書きできるようになった文字なんて文句を書くためのものだし、それで良いはずだ。
文句を言うな、はしたない?
生きて、文句を言うなと言ってくれ。
私もそんな生き方したくない。
文句を言って、生きて、そして文句を捨てる。
優しい言葉は神様にやる。仏様にやる。
初恋にやる。黒山羊にやる。
祈ってしまえ!振られてしまえ!食べてしまえ!
出来るだけ貪るように、はしたなく下品に!
礼儀もいらない。いつか得る。
作法もいらない。いつか得る。
欲も一緒に得てやろう。才能だってなんだって。
まだ救われるつもりないんだ。
まだ初恋するつもりないんだ。
まだお腹は空かないんだ。
いつか、誰かを救ってやる。
救うから生きるんじゃない。
生きてるから救ってやる。そんな強欲だ。
顔なじみの店で買ったホットドッグを、走りざまに齧り付く。
店主は、私が狂ってしまったことに気付いただろうか?
今までで一番、最高の笑みで代金を手渡したのだから。
小さな口に、悪魔の笑み。
華奢な腕を、貨物列車の国鉄に変えて。
靴は捨てた、呑気で優雅な川に。
家族と水をかけあい、遊んだり、眺めたりした、思い出の川に。
幼少期に、唯一見た海に。
大丈夫。綺麗に洗っといた。
だって、もう私じゃないもの。
マスタードか、何かの酸っぱさが染みて、鼻水をぶっと出す。
涙ぐむ。
そのせいで、ケチャップが真っ白なお気に入りの服に飛び散った。
あぁ、お気に入りだったな、忘れてた。
だが、汚れたって案外似合う。
ケチャップごとき愛してやる。
いっそう、速度を速める。
スカートを機関銃のように四方八方はためかせ。
セーラー服なら、誰かが似たこと言ってた気がする。
なるほどな。
脚の感覚がない。
打ち付けて、打ち付けて、打ち付けて!
綺麗に塗装された石畳に!
「お嬢ちゃん!そんなに走ると危ないよ!」
誰かが、この街の、これから優雅なティータイムを謳歌し、西日に癒されるだろう素晴らしい、素晴らしすぎる誰かが、私に言った。
危ないという言葉に酔いそうになるが。
こんな私を気にかけてくれるのは、一体誰だか、気になって、もう過ぎたかもしれないが、辺りを見渡す。
すると、私が過ぎ去る真横に見える噴水の隅に座り、小さな、年齢が小さいわけじゃない、形容するなら小さなという言葉が似合う、真っ白な服を着た、大人しげな少女が、小さな口で、ちまちまとホットドッグを啄んでいた。
口についたケチャップをハンカチで拭っては。
それを数回繰り返す、数秒の出来事が、何故か過ぎ去る一瞬で見えた。
声をかけただろう主はいなかった。
だが、誰かと戯れるような口調で答えた。
「そんなんじゃない!そんなんじゃないのー!」
ひとしきり笑った後、日陰に差し当たったのを合図に、前へ向き直す。
もう、日陰はなかった。
これからは、日陰はなかった。
目の前には、街の門の先には、どこかの戦場、紛争後の灰色の景色が見えた。
どんどんとそこへ向かっていく。
門をこえた。
広がるは灰色だ。地面じゃない。
全てが灰色になって、煙の匂いがして目を覚ます。
「…そんな匂い、しないじゃない。」
目が覚めて、襲ってくるのは、冬の寒さだ。
別に向こうは襲ってきたつもりはなく、ずっと私の部屋を占領していたのだろうが。
春も夏も秋も、何かしら私の嫌なものが私の部屋を占領して目を覚ます。
いち早く、ナメクジのいち早くだから、遅いも遅いが、私なりのいち早くで、それに部屋を預け、帰ってきたら、またそれと闘う。
ホットドッグ…。
探せば安いのあるだろうか。
変にここで、有名な店に行こうものなら、寒さ以外の色んなものも敵になる。
まぁ、急いで走らなくて良いじゃないか。
誰かにも、そう言われたし。
もう一度、毛布にくるまって、
「…そんなんじゃない。そんなんじゃないか…。」
と、どこぞのお嬢ちゃんと同じ顔で、それを活かしきれていない顔で、余計に寒さを増す、全世界を敵に回す乾いた笑い声を出した。
…笑い声を出した。
笑い声を出したかった。震えたのは、震えたのは事実なんだ。
でも、夢じゃない、夢オチは済んだろう。
後は現実のつまらないフェーズだけだ。
さっさと締めろ。つまらない。頼むから。
「…無茶言うな、ばかやろう。」
残念だが、笑ってるのか泣いてるのかわからないんだ。
喉元が震えて、後から理由つけてんだ。
鼻水が出てる、この感覚だけは夢も現実もかわらないらしい。
寝ぼけた頭のせいだ。なら、私のせいだ。
冬の寒さのせいだ。
いくらでも、温める方法あるだろう。
なら、私のせいだ。
もう見てしまったではないか。
テレビは見ない。映画は疲れる。機械オンチ。
一人遊びが好き。
そんな逆張りじゃ、防いでくれないらしい。
今にも、涙ぐんでいて、そんなの世の中の誰もがやっていて。
感情の発露を、電気代みたいに省エネした方が良いのか
それとも、尽きない資源だと、自由に使っても問題ないのか、わからない。
涙ばかりで自分でも、何を言ってるのかわからない。
なら、言っても構わないだろう。
出る言葉はぐちゃぐちゃなんだから。
字幕に起こせるものなら、起こしてみろ。
少女が灰色の戦場へ向かう映画のように。
「…案外、憧れは私の中にあるんじゃないか。クソったれ。」
【散文詩·詩的短編】純白と命と泥とか少女 はららご @hararago
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