【散文詩·詩的短編】純白と命と泥とか少女
はららご
飛び降りる少女みたいな話し
彼女は崖から落ちる時、今まで見たことのないように両手を広げ、少女らしい、まさしく少女らしい、まるで亡霊のような透明さで、青空と同じように見えて既にいないとさえ錯覚する潔さで、曇りでさえ、雨でさえ、宇宙でさえ、そうなるようにこういった。
「恨んでるぜ!大いに!」
その瞬間、今の彼女とは正反対の、路上でやせ細り、餓死する彼女の姿が見えた。
私の涙に一瞬映っては、肯定するように地面へと力強く水滴が落ちた。
結局、彼女に出逢わぬ人生でさえ、私は無意識に彼女を肯定し生きていたのだろう。
私は、ミクロの誤差をすり抜け、彼女の死を見送るなんて素晴らしい権利を勝ち取ったのだ。
あぁ、私は彼女の死が嬉しいのだ。
彼女の存在が嬉しいのだ。
私の中に宿った彼女を彼女に返してしまいたいほどに。
知りたくなかったほどに。
彼女の存在を後悔するほどに、生きながら死に連れて行かれていた彼女が、今度は私を連れて行くほどに。
彼女は今死ぬのだ。永遠なのだ。
彼女の永遠を私が得るのだ。
飛ぶ鳥が、親のもとへ帰っていくとしても、今は飛ばない鳥を見る。
飛ばない鳥は当たり前で、止まった海も当たり前で。
常識が常識でないのが当たり前で。
彼女は、そこに行く。
時間が進まない。
鳥の声が聴こえる。
鳥は確かに遠くに行っている。
時間は進んでる。
彼女は、とっくに飛び降りたのかもしれない。
なのに、私の眼には、まだ彼女がいる。
何かしらの危険信号か。
見惚れているで構わない。
朝日にも、夕陽にも、夜空にもそれを前にして飛び降りる彼女が見える。
僅かに残っている生きてほしいという倫理が、そう見せるのか。
贅沢言うな。
こんなの生きてて見れない。
全ての時間が収縮した。
何か鋭い閃光のようなもの、おそらくただの陽射しだが、眩しい痛みで眼が覆われ、汚い、薄汚い、ただの生きたいなんて実感で、助けてなんて命乞いで彼女の方へと手を伸ばしてしまう。
死にたくなかった。
死にたくなかった。
そうだよな。
死にたくなかった。
私の中の彼女が叫んでいる。
私によって叫ばされている。
私は彼女じゃない。
なのに、本音なんて、憎たらしく本音なんて、嘘しかつけないくせに、そんな矮小な私だから、そんな麻袋突き破っては、彼女の本音が憎たらしい私を彼女の本音一心に塗り替えていく。
死なないでくれ。
まさしく今、彼女が私にそう言ったではないか。
言ったか?言ったではないか。
言ったはずだ。 私に?
違う。私にじゃない。
彼女にだ。彼女が彼女に言っていたのだ。
ずっと言っていたのだ、それが彼女の生きるだった。
パンを焦がした時も、物忘れで十数分の道を引き返したときも、甘い物がほしいときも。
…あぁ、もう彼女がいるかいないか、なんて関係ない!
私は永遠に彼女を止めるし、彼女を見送る。
安心しろ。するな、安心なんざ。そんなもの。
まだ、視界は眩しいままだ。
走れ、当たり前のように。
それこそ、物忘れをとりに帰るように。
もう、ここは崖でもないし。
だって、私は生きていくのだ。
倒れ込んだのかさえわからない、視界不良の中、肩が震える感覚で、それに振動し揺れる地面の感覚で実感を取り戻す。
「ひへへひゃへへ!へへへ!」
彼女が立っていただろう場所に寝転がっては、わけのわからない、何かを実感して震えている笑い声がやまない。
あぁ、面白い。
そうだな、そうだよな。
今だ、今言ってしまうのだ。
「恨んでるぜ!大いに!」
そうだ、結局そうだ。
いくらでも生きて、引き返すのだ。
息をして、思いっきり恨んでやる。
彼女も生きている内は腹の底で、今はどこか崖の底か、それとも地獄の底か、ただ、どこかで心の底からそう笑っていた。
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