第二章
12月20日(木)#1
「それでは、もう一度始めから話してください」
黒川は目の前の男にそう言った。
「日曜日は直人の家で飲むことになっていました」
取調室の椅子に座る佐伯恒一が語り始めた。
「あいつの家で飲むときは、いつもあのコンビニで酒とつまみを買って行っていました。あの日もそうして、昼前に部屋につきました」
「はじめはいつも通りの飲みでした。仕事の愚痴やなけなしの色恋話をしたりして、いつの間にか口論のようになっていました。何がきっかけだったのかは覚えていません。どうでもいい酔っ払いの喧嘩でした」
佐伯は深く息を吸い込む。
「お互いにエスカレートして立ち上がって言い合いをして。勢いで押し倒していました」
「床に倒れて動かなくなった直人を見て酔いが覚めました。あいつには悪いけど、こんなことで捕まりたくないと思って、逃げようと決めました。」
佐伯は目を閉じて黙り込んだ。
「現場から立ち去る際に、何かしましたか?」
「エアコンを止めて窓を開けました。温度が低いと死亡時刻が分かりづらくなると聞いたことがあったので、少しでも捜査の邪魔ができればと」
「それから部屋を散らかしました。直人は几帳面で部屋も整ってましたが、散らかった服に足を取られて転んだように見せようと思いました」
冬なのに開いた窓や几帳面という評判の割に散らかった部屋、不可解だった点は佐伯による工作だったようだ。
「ショッピングモールに行ったのはアリバイ作りですか?」
「そうです。午後だけでも出かけていた証拠があれば、少しは疑われなくなるかと思っていました」
佐伯の顔に疲れが滲み始めた。調書を取っていた薫と目配せをする。
「大まかな流れはわかりました。取り調べは一度休憩にしましょう。時間をおいてまた細かいことを伺います」
黒川と薫は椅子から立ち上がり、取調室を出た。
**********
「あっけなかったですね。自供に怪しいところもありませんし、送検までスムーズに行くでしょう」
薫は取調室を出たからか気を抜いた顔を見せた。拍子抜けするほどスムーズに進んでいるから無理もないだろう。
「ああ。被害者には悪いが、大した事件ではなかったな。このあとはこちらの情報と被疑者の証言に食い違いがないことの確認だけだ」
もう事件は終わったものだと思っていた。しかし、頭のどこかに引っかかりを覚えていた。
**********
「それでは取り調べを再開します。先ほどの証言に沿って細かい部分を確認していくので、覚えていることを答えてください」
「コンビニで買い物をした後に誰かと会ったり、すれ違ったりした記憶はありますか?」
「なかったと思います」
「口論でどんなことを話したとか、何で揉めたとかは全く覚えていないですか?」
「最初は何だったか分かりませんが、仕事のこととか交流関係のこととか、色んなことに飛び火して喧嘩していました」
「三浦さんが倒れたときのことは覚えていますか?」
「頭を打って、床に倒れて、動かなくなって。それしか記憶にありません」
「そのときの部屋の様子や家具の配置はどうですか?」
「テーブルの近くで倒れていました。部屋は、服を散らかす前は綺麗だったと思います」
「倒れる前にも揉み合いになったりしていましたか?」
「服を掴んだりはしていました。強く押し倒して、倒れて頭を打って、それだけです」
「部屋を出る際に何か覚えていることはありますか?」
「窓を開けて服を散らかして部屋を出ました。テレビはついていたと思います」
「部屋を出た後に誰かと会ったりは?」
「ありませんでした。人に会いたくないと思ってビクビクしていたので、誰にも会っていないのは確かだと思います」
「ありがとうございます。今日の取り調べは以上とします。次に供述調書の確認を行います。その後は、必要に応じて追加の取り調べを受けながら、送検まで留置所にいていただくことになります」
**********
取調室を出てデスクに戻り冷めたコーヒーを口に含む。佐伯の態度におかしなところはなかった。何かを隠している様子はなかったし、自分が犯人であるということも認めている。一方で、頭の中で違和感が大きくなりつつあるのを感じていた。
「黒川さん、どうしましたか?」
薫に怪訝な眼差しを向けられる。もっともだろう。
「いや、佐伯の供述を聞いていて何か引っ掛かるんだ。調書を確認させてくれ」
佐伯の供述調書を受け取り目を走らせる。彼の語った話のどこに違和感を覚えるところがあったのだろうか。
「なんだ、いや、まさか…」
「おい一ノ瀬、佐伯は被害者がテーブルに頭をぶつけたと口にしたか?」
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