世界のてっぺんで、君は未完成のまま空を飛ぶ。
あの日、僕たちが選んだ場所は、山の奥にある使われなくなった給水塔だった。
錆びついた鉄の梯子を登り詰めると、そこには空しか触れることのできない、円形の狭い足場があった。
夕焼けが空を血の色に染め始めていた。世界中が赤く燃えていて、僕たちの肌も、吐く息さえも朱色に染まっていた。
「ここが、世界のてっぺんだね」
リリコが呟く。彼女は靴を脱ぎ捨てると、裸足で給水塔の縁(ふち)を歩き始めた。平均台の上を歩く体操選手のように、軽やかに、危うげに。
錆びた手すりはない。一歩踏み外せば、数十メートル下のコンクリートが待っている。
「リリコ、危ないよ。もう降りよう」
僕はファインダーを覗きながら声を震わせた。でも、シャッターを切る指は止まらなかった。逆光の中、縁を歩く彼女の姿があまりにも神々しくて、残酷なほど美しかったからだ。
「蓮、知ってる? 一番エモいのはね」
リリコが立ち止まる。背中越しに夕陽を浴びて、彼女の表情は影になって見えない。
「永遠に未完成で終わることよ」
風が吹いた。
それは、世界が深呼吸をしたような、大きな風だった。
リリコの体が、ふわりと傾いた。
悲鳴はなかった。彼女はまるで、空気に溶け込むように、重力を無視するような優雅さで、宙へと舞い出した。
僕の指が、無意識にシャッターを押した。
カシャリ、という乾いた音が、世界の終わりを告げる鐘のように響いた。
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