深夜の廃ビル、あるいは死の予感を吸い込む場所。
最初、僕たちの「エモい」は可愛らしいものだった。
雨の日に傘を差さずに全力疾走して、びしょ濡れのままコンビニで温かいココアを買うこと。
終電が行ってしまった後の駅のホームで、線路の向こうの闇に向かって叫ぶこと。
深夜の公園で、線香花火が落ちる瞬間を、まばたきもせずに見つめ続けること。
僕はその全てを、フィルムに焼き付けた。
ファインダー越しのリリコは、いつも今にも消えてしまいそうな顔で笑っていた。
「ねえ、蓮。写真に撮られると、魂が抜かれるって本当かな」
「迷信だよ」
「ううん、本当ならいいのに。私のこの瞬間を、全部蓮のカメラの中に閉じ込めておけるなら、私自身の身体なんて抜け殻でいい」
リリコの要求は、次第にエスカレートしていった。
刺激が足りない、と彼女は言った。もっと心がざわつくような、血管の中を炭酸が駆け巡るような感覚が欲しいと。
立ち入り禁止の廃ビルの屋上で、柵を乗り越えて足をぶらつかせた時、僕は初めて恐怖を感じた。眼下には都会の光の海が広がっていて、落ちればひとたまりもない。けれどリリコは、その深淵を恋人のように見つめていた。
「ここから落ちたら、私たちはニュースになるかな」
「やめろよ、リリコ」
「『十六歳の心中』。……ふふ、ちょっとエモいかも」
彼女の白いスカートが、夜風に煽られて旗のように音を立てた。
僕たちは生き急いでいた。まるで、酸素を吸うように死の予感を吸い込んでいた。
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